61.おしゃべりは命取り
口を閉ざした鉄村の父と
裁は私を一瞥する。私が言いたかったのはこいつだろうと告げる目で。
そんな事じゃない。声にしようとしたが、胸で虫が蠢くような感触につい黙った。気味の悪さに思わず胸元を見下ろすも、制服の上には一匹の虫も止まっていなければ、その感覚は表面的なものでも無い事に気付く。仕込まれていた阿部さんの刀の破片が、腹で爆ぜる直前と同じ感覚だ。まだ破片が残っている。
指先が冷えるのを感じた。それが左胸で起きたという事は、そこで破片が飛び散れば間違い無く致命傷になる。
視線を感じて顔を上げた。裁が私をじっと見ている。……黙っていろという事か。
額から滲んだ汗が、顎を伝って落ちる。
裁は殺すような目で、鉄村の父を睨んだ。
「美術館に出た魔法使いはあたしを殺そうとしとる。あんたらが勝手に殺してくれるんやったら万々歳や。あいつこそ厄介や思うで。あんたらの目もあたしの警戒も擦り抜けて、今日急に出て来た思たらあたしの邪魔してくれたんやから」
鉄村の父は、腹の読めない笑顔をにかっと浮かべる。
「それはつまり、俺達があの魔法使いを捕まえる為に協力してくれるって事か?」
「寝言にしては目え開き過ぎやな」
裁は目の鋭さを増大させながら吐き捨てた。
「あんたら魔術師が不利な状況は何も変わってへんわ。あたしの機嫌を損ねたら街は棺と水でぺしゃんこで、美術館の魔法使いも見失って右往左往。ただ一旦、あたしの足止めが出来とるだけ。それもいつまで持つんやろな。あたしはあんたらのお陰でこの様で、自分であの鬱陶しい美術館の魔法使いをよう殺せん。人の邪魔したんやから、あたしの代わりにあいつの居所ぐらい掴んで貰わな困るで。今すぐ街潰したいんやったら話変わるけどな」
脅しに出た時から分かってはいたが、その声には一切の諦めが無い所か、美術館の魔法使いへの怒りに熱を帯びている。同時にその熱は私達魔術師にも向けられていて、裁の願望への執念は、更に燃え上がっているのが分かった。
鉄村の父は、左手で顎を撫でた。依然とぼけているが、目には得体の知れない不穏が滲む。
「うむ。確かにそれは困るな。俺のモトロも沢山呑まれてしまったし。潰されてはいないようだが」
鉄村の父は空の棺を一瞥すると、
「そういう事だ! 一旦作戦会議といこう! 草壁を呼び戻さなければ!」
上貂は兎特有の無表情なくせに、何でかぶすっとしているのが分かる顔で鼻を鳴らす。
「ふん。議場と街の守りには、狩人にも手伝わせなければならぬぞ。〝魔の八丁荒らし〟かつ吸血鬼とは前代未聞じゃ。狼娘の話が事実であるならな」
上貂はそう言うと、ぴょんと跳ねてどこかへ消える。その私にも劣らない脚力で、手配に向かったのだろう。突然ここに現れたように見えたのも、あの凄まじい脚での移動によるものだ。
置いて行かれる形になった鉄村の父はぽかんとするも、表情を引き締め私達を見た。
「という訳で、お前達は休みなさい! お互い消耗している上にまだ若い! 街はこれからロックダウンが敷かれるから、外食したいなら早めに済ませるんだぞ!」
私は歯痒さに声を上げる。
「ちょっと待って下さい! まだ話したい事が……」
鉄村の父の後ろで、じっとしていたモトロが跳んだ。私達と鉄村の父の頭上を覆うように広がって身を翻すと、裁を一口で飲み込んでしまう。絶句する私に背を向ける格好で着地すると、そのまま美術館の方へ飛んで行ってしまった。
鉄村の父は右手で
「ふむ! 飽きちまったか! エサはドーナツしか食べないから、美術館に集めた医術が得意な魔術師に診せる気だろう!」
鉄村の父は私に向き直ると、磊落に笑った。
「あの魔法使いについての情報は後で連絡する際に教えてくれ! 既に功績を挙げている身で、これ以上働けとは言わないさ!」
「いやでも……!」
貧血の所為か足元がふらついて、鉄村が肩を掴んで支える。
「来年はお母さんの三回忌だろう! 君まで死ぬようなものじゃない!」
鉄村の父はそこで、視線を鉄村へ切り替えた。
「鉄村の男の死に様は分かってるな」
一切の隙が無い固い表情と声だった。
「分かってるよ」
鉄村は肩を竦めて返すと、ひょいと私をおぶってしまう。文句を言おうと口を開く前に、鉄村のスマホを渡された。……意味が分からないが、諦める様子が無いので受け取る。
すると鉄村は、父親に聞こえるのを避けるように囁いた。
「大炎上してるぜ。文字化け作家」
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