60.傲慢狡猾はお手の物


 痕跡が消えた?


 鉄村の父は猫でも拾うように、片手でさいの襟首を掴み持ち上げる。


 その拍子に上貂かみはざは裁の背から滑り落ち、トラテープが絡まってぐちゃぐちゃになりながら、鉄村の父の足元へ落っこちた。


「ぐえ!」


「稀有だな! 狩人の様子を見る限り怪物でもあるのか、この若い魔法使いは! 資料として剥製かホルマリン漬けにして、魔術協会に送った方がいいかもしれん!」


 マイペースに話を進める鉄村の父に、鉄村は呆れたように太い眉をハの字にさせ、親指で私を指す。


付与の魔法使いエンチャンターで吸血鬼だよ。〝館〟にいたのをこいつが見つけたみてえで、実際に魔法を使ってる所も見た。〝館〟からここまで来れたのも、吸血鬼の煙になる力を使って、空を飛んで来たからだ」


 私は補足するように言葉を継ぐ。


「かつそいつは、〝魔の八丁荒らし〟です。悪魔のはらわたを手に入れる為に侵入して来ました」


 鉄村の父は目を見張って裁を見る。


「……それはいよいよ、早急に標本士を呼び寄せるべきか」


 鉄村の父は思わず零すが、裁は全く反応しない。〝館〟で鉄村に縛られた後も問題無く機能していた付与の魔法エンチャントを使わず、目も合わせず、口は一文字に結んで、ぴくりともせず押し黙っている。ただ顔色だけが、紙のように白くなっていた。


 放っておいても死んでしまいそうなその姿に、私は思わず踏み出す。


「何をのんびりした事を言っておるか!」


 鉄村がトラテープを引っ込め自由を得た上貂かみはざが、鉄村の父の足元で怒鳴った。


「魔法使いは殺すのが魔術師の規律じゃろう! 囲まれておいてこの態度なんじゃ、さっさと殺してしまえ! その小娘が本当に〝魔の八丁荒らし〟であるのなら、山のような〝患者〟を救える事にもなるのじゃぞ!」


 怒りの余りなのか泥塗れになった顔も洗わず耳をピンと立てる上貂に、鉄村の父は太い眉をハの字にさせる。


「……それはそうだが、今回はイレギュラーが過ぎるだろう。美術館を襲った魔法使いも、春に市民を襲った魔法使いも、『鎖の雨』を破壊した者の正体も掴めていない。草壁が追っている美術館での魔法使いの出現も失踪も、まるでこの若い魔法使いに連動しているようじゃないか。ここは魔術師の規律には反する形だが、一旦この魔法使いの話を聞くべきだ。答えてくれるかはやってみないと分からんが」


 もう上貂は、ぴょんぴょんと跳び回る。


「はぁ!? 貴様それでも、鉄村家の長かっ!」


 鉄村の父は裁を持ち上げたまま、嫌がるように身を反らした。


「落ち着け粛清のミニレッキスよ。顔でも洗ったらどうだ泥塗れで汚いぞ?」


「貴様が猪のように突っ込んで来たからじゃろうがァ!」


 血管が切れそうな勢いで怒鳴る上貂に、鉄村の父も腹が立ったのか負けじと言い返す。


「猪じゃねえエイだエイ! 俺はこれでも水族館おじさんってなあ、近所の子供達に人気なんだぞ!」


「それ以上時間の浪費するんやったら、空覆ってるアスファルト剥がして街に落とす」


 言い争いを始める二人に、鬱陶しげに地面に目を落とした裁が言った。


「あの棺はあたしが魔法で用意した。魔法を解けるんはその魔法の持ち主である魔法使いが、自分の意思で解いた時か死んだ時だけっちゅうルールに沿って、こんままやったらどっちにしたって落ちて来る。中の水ごとな。あの雨の魔術、誰かに壊されたんやろ。制御失って中途半端に残ってもうた以上、あんたらがあの大量の水を安全に移動させる手段は限られてる上に、あたしの棺まで上乗せされて落ちて来たら敵わへん。違うか。アスファルト剥がした時、歩行者が巻き込まれてへん確証も無いのに」


 つまり、殺さないと約束させる所か死なないよう治療を受けさせろと、左腕を千切り取られたままの裁は、御三家の二人に脅しをかけた。



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