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59.ウサギとモトロの総大将


 私があの小声を聞き取ったのだと分かったさいは、目を見開くと怒りに表情を歪める。


「あんたってほんま気に障る……」


 畳んだ新聞ぐらいの大きさをした白いビロードのような塊が、ぴょんと裁の足元へ現れた。上半身をブラックスーツで包む、青い目のミニレッキスだ。絵本に出て来るようなその姿も相俟あいまって、私と裁の思考を止める。兎らしい無機質な愛嬌で満ちた顔で、それはぼやいた。


「魔法使いと口を利くな。狼娘」


 外見からは想像もつかないしゃがれ声を放つと、ミニレッキスは裁の頭上へ跳ぶ。首を巡らせて見上げて来る裁へ、独裁者のような冷たさと頑迷さを込めて吐いた。


「『責め苦のプレゼンター』」


 裁は糸が切れた操り人形のように倒れ込む。ピクリとも動かなくなるが顔には動揺が溢れ、目が忙しなく泳ぎ出した。


 裁の背中に着地したミニレッキスは前脚で顔を洗う。満足したように目を開けると、氷のような冷感を帯びる泰然を纏い裁を見下した。


「貴様これより、四肢による一切の自由を禁ずる。魔法使いには豪奢が過ぎる進物よ」


 この兎は上貂かみはざ家当主、上貂しちノ助。齢八十八。責め苦のプレゼンターという、自身が設定した命令を相手に押し付ける魔術を使い、魔法使いは勿論、時には街の魔術師にすら傍若無人に振る舞う老獪だ。その様から付いた渾名あだなは、粛清のミニレッキス。魔法使いに兎に変えられてから小心者具合は増したものの、その実力は衰えを知らない。


 上貂かみはざは私を見るなり、小馬鹿にするように鼻を鳴らした。


「ふん。単身でこのような奇怪な魔法使いを追い込むとは。春の失態を不問とするには十二分な働きではあるが、矢張り貴様ら天喰あまじきとは獣よ。……全く悪魔らいなど、正気の沙汰ではな」


 裁を囲むように地から噴き出したトラテープの群れが、上貂かみはざを縛り上げる。その万力のような凄まじい拘束力に、上貂は潰されそうになって叫んだ。


「ギェエエエ!?」


「おっとっと!?」


 トラテープで跳んで来た鉄村が、勢い余ってっ転びそうになりながら私の背後へ着地する。それに気付いた上貂は、暴れながら鉄村を怒鳴った。


「これ! 鉄村の坊主! 儂はこの魔法使いのしもべなどでは無いわっ!」


 私の隣まで歩いて来た鉄村は、上貂を見るなりガリガリ後頭部を掻いて笑う。


「いやー悪いな上貂のじいさん! そいつ自分にそっくりな人形を作ったぐらいの職人みたいで、てっきり今度は兎の人形を作ったのかと思ったぜ!」


れる暇があるのなら早く解かんか! この儂を魔法と見誤るなど、一体どれ程の無礼であるか……!」


 裁を追って来ていた狩人の群れが、私達を囲むように遥か上空から落下した。かさず裁を見据え、一斉に抜刀する。機械のように統率された狩人の動きに、上貂は震え上がった。


「ヒギャア!? ととっ、止まれこの、馬鹿者共っ!」


 狩人達は上貂に気付いたのか、また一斉に首を傾げる。


「いや今気付いたとか絶対に嘘じゃろ!」


 今度は美術館のある方向の空から、小山ぐらいもあるモトロまで突っ込んで来た。モトロはグラウンドの土を抉りながら裁の側へ着地し、波打つ身体が切った風で、トラテープに縛られた上貂を凧のように躍らせる。強風やら水気を含んだ土やらを浴びせられた上貂は、顔を梅干しのように皺くちゃにさせて目を瞑った。


「いやー助かった! こうも頼り甲斐のある若者がいるとは、この街の将来も安泰だ!」


 磊落らいらくな男の声がモトロの天辺から上がると、そこから大きな黒い塊が飛び降りて来る。上貂と同じくブラックスーツに身を包む、鉄村をそのまま老け込ませたような四十代の男だ。違いと言えば刈り上げた髪と、顔の右半分を覆うような大振りの黒い眼帯程度。その男、鉄村家当主鉄村清冬きよふゆは、辺りを見渡すとよく通る声で切り出す。


「状況を教えてくれ! 上貂のドッグタグと、『鎖の雨』の知らせを受けて飛んで来た! 美術館を襲った魔法使いを追ってたんだが、この二つの知らせが飛んで来るのとほぼ同時に、痕跡がさっぱり消えちまったもんでな! 一旦草壁に任せて来たが……。それらの原因は、ここに伏している魔法使いで問題無いか!?」



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