58.まるで願望へのプログラム
つんのめるように足を止めた。
だあ、と腹と口から流れる血に遅れるように、腹を突き破った何かが足元を転がる。堪らず左手首を離した右手で口元を覆いながら、ビビットオレンジの中へ沈んでいくそれを何とか捉えた。
古びた幾つもの金属片だった。すぐに阿部さんの刀の破片だと気付いて、〝館〟で胴から引き抜かれたあの時に、
我を忘れるという事が無いのかあいつ。もう抜け目が無いとか冷静だとか、そんな程度で収まる頭の出来じゃないだろう。執念そのものじゃないか。ただ己の願いの為にあらゆる手を探し実行する、単調なまでのその様は。本能のままに生きる獣のようで、設定された目的の為だけに動く機械のよう。これが、〝魔の八丁荒らし〟に選ばれる人間の欲深さなのか。
阿部さんの刀に悪魔喰らいの力を阻害され限界を迎えたのか、私の身体は他人のもののようにふらつき、トラテープの道を踏み外すと落下した。
頭がぼうっとするのにつられるように、視界が輪郭を失って暗転していく。遠くから鉄村の、私を呼んでいるような叫びが聞こえた。
裁が突然軌道を変える。それを奴の身が空を裂く音に鋭さが増したので気付くと、ピンと立った耳を巡らせながら目を見開き辺りを見た。
裁が中学校のグラウンドへ吸い込まれていく。私は真っ逆様に落ちていく中、背が反るぐらいに深く息を吸った。雨で冷え切った空気が焼くように喉を駆け、胸一杯に溜め込んだそいつを咆哮に変え放つ。
獣の一声は音の砲弾のように、グラウンドに触れる間際の裁を撃ち抜いた。風穴を開けられた煙は不自然に同じ方向へ吹き飛び、その姿を保っていられなくなったように人の形へ戻る。
裁はそのまま数回地を転がると、腹立たしげに受け身を取って起き上がった。私を探して空を睨もうと頭を擡げるが、そんな事をしている場合では無いように顎を引いて辺りを見る。
ビルの屋上に落下し中学校へ跳んだ私はその様子を見下ろしながら、裁の正面へ着地した。雨でぬかるんだグラウンドの土を跳ね上げ裁へ踏み出す。
「おいお前……!」
怒鳴ろうとしたが上手く声が出ない。手足も上手く運べなくて、思った半分ぐらいの歩幅しか取れていない上に
血が止まっていない所為だとは分かっていた。でもそんな事どうでもよくて、同じく満身創痍で私を睨む裁を何とか捉える。
「……お前、何で〝館〟であんな事言ったんだ」
私が踏み出した分後退っていた裁は、煩わしげに睨み返して来た。
「……何を言うてんねん。早よ退け!」
「さっき独り言みたいに言ってただろうが!」
歯痒さに、絞り出すように声を荒げる。
正体が掴めないままこいつを殺すのは決して納得いかなくて、焼き付けるようにその目を見据え続けた。
「お前、本当に魔法使いを引退するのが望みなのか!? 〝魔の八丁荒らし〟なんて真っ当じゃない身分になったくせに、何で街を救ったんだよ!? ここに来る直前に漏らしたあの言葉は、一体どういう意味なんだ!」
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