56.まだまだ舞台は終わらない。
何かを恐れるように
そこから零れた声を拾おうと、コヨーテの耳がピンと立つ。鉄村には聞こえていない。常人の耳じゃ拾えないぐらい小さな独り言だった。それでも、鋭さを増している筈の己の耳を疑う。裁が漏らしたその言葉で、いよいよ奴という人間が見えなくなって。
問い
その静けさと気味悪さに、ぎょっとした私と鉄村は顔を上げる。目を凝らすと人影達は、黒のロングコートに黒のトップハット、白い手袋に
狩人だ。怪物退治を専門とする、一般社会や魔術師とも異なる規律で生きる者達。阿部さんは、狩人にしておくには勿体無いと御三家に腕を買われ、魔術師に転身した剣の名手だった。魔術師になった後も毎日着ていたあの黒づくめの制服と古びた打刀は、御三家に認められた名誉と実力の証だった。
正面方向から、大量の砂が流れ落ちる音が上がって顔を向ける。
鉄村のトラテープに拘束されていた裁がいない。ただ縛るものを失い、散って行くトラテープの辺りを、嫌に濃い灰色の粉塵が漂っている。
狩人が一斉に抜刀した。何が起きているのかまるで分からない状況に混乱し続ける頭が、ふと今朝の出来事を思い出す。
その主役は、誰もが知る怪物で。然しその人気から逃れるように、光を嫌う偏食家で。誰かに開けて貰わなければドアも満足に潜れないくせに、煙になって自由に飛び回り、
『鎖の雨』で陽が遮られているのをいい事に、朝から狩人の目を逃れていた酔狂者が、ずっと目の前にいたとはと震撼する。
「……吸血鬼」
零した私の声を掻き消すように、狩人らが刀を煙となった裁へ
裁は火花を上げる刀の雨を蛇のように
見失う。狩人が次の動きに出るより先に、尾で床を殴り付けて跳んだ。だが煙となった裁は余りに身軽で、まるで追い付けない。
「クソ……!」
地上から追えば走れるので速度は出るが、建物が邪魔で見失うかもしれない。
あいつが今朝吸血鬼として『鎖の雨』を躱し、街に現れる事が出来たのもあの姿の所為だ。『鎖の雨』は魔法使いを検知するが、魔法使いとそれ以外を見分ける基準を悪魔の心臓を持っているか否かに定めている。あんな姿じゃたとえ魔法使いだろうと、心臓も何も無い。魔力を孕んだ粉塵だか煙だろうと、『鎖の雨』を誤認させ検知をすり抜けたのだ。街には帯刀に魔法をかけた魔法使いを見つけ出そうと、見回りの魔術師が毎日魔術を展開している。その一部だと見回りの魔術師も勘違いしておかしくない。吸血鬼事件の現場を見ていないからてっきり、そいつは人の形で出て来たんだろうと思い込んでいた。
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