57.腹の内はまだ秘密。
失速した私は遠ざかって行く裁を睨みながら、何とか追い付こうと着地に備える。
迫る地上に目を落とすと、アスファルトを剝がされた道路からトラテープの束が湧き出し、そのまま押し上げるように私を前方へ弾き飛ばした。
「どぅわ!?」
宙で身を
鉄村だ。街はアスファルトの棺に太陽を遮られて暗い上に、裁のあのすばしっこさだ。人の視力は当てにならないと私の補助に出たのだろう。鉄村はこの街の中でなら、どれ程離れた場所からでも好きな場所からトラテープを出せる。鉄村家現当主がモトロの大群を操っているように、あいつの売りも手数と
魔法使いは借りる魔法を増やす度に悪魔と取引しなければならないが、魔術にその手間は無い。既存の魔術から好きなものを学んで、好きなだけ得物として扱える自由度がある。当然数を増やすだけ修練も要するが、鉄村家はこの街でも複数の魔術を常に同時に扱う器用さで図抜けて来た。高い空間把握能力を得る魔術と、それに支えられ広範囲へ干渉する魔術。この二つを扱わせて鉄村家の右に出る魔術師は、〝不吉なる芸術街〟に存在しない。
ただ、まだ父親の腕には及ばない鉄村には致命的な欠点があり……。
「馬鹿かお前!?」
堪らず叫んだ私の目の前に、姿勢もぐちゃぐちゃに手足をバタつかせて吹っ飛んで来た鉄村が、「ギャーッ」と悲鳴を上げて迫って来た。
まるで暴れる筋肉の砲弾にぶち当たる。揃って落っこちそうになるも、地上から湧いたトラテープが網のように広がって受け止めた。衝撃を呑むように伸縮すると、吞んだ衝撃を吐き出そうとトランポリンみたく跳ね上がり、私はその勢いを使って前へ跳んだ。
落とすまいと咄嗟に襟首を掴んでいた鉄村へ怒鳴り散らす。
「何考えてんだァ! 落ちたら死ぬ所だっただろ!」
轟音を上げて唸る風に呑まれまいと、鉄村も馬鹿みたいな大声で言い返した。
「はあ!? お前運動神経いいだろ! 特にそのォー……。犬だかコヨーテだかの時!」
「私じゃねえわお前だ馬鹿! 何でどこからでも見えるのにわざわざ近付いて来るんだよ! 危ないだろうが!」
「そんなボロボロの奴一人で行かせる方が危ないだろが!」
私の減速に気付いた鉄村は、即座に宙でかさぶたみたくトラテープを縫い合わせ足場を作る。
私はその足場を頼りに跳んで、加速しながらがなった。
「私はお前らみたいに簡単に死なないだろ!」
鉄村は私の声を掻き消すように、血管が切れそうな勢いで怒鳴る。
「関係あるか死ぬまで友達をほっとく奴なんかいねえだろ! 他の魔術師に何言われたか知らねえけどな、俺はお前を煙たがったりなんかしてねえよ!」
こういう頭の悪い所が、こいつの欠点だ。
馬鹿みたいに吹っ飛んで来たのも、トラテープをY字型パチンコのゴム部分みたいに引き延ばして、自分を弾き飛ばさせたんだろう。扱う魔術の性質から自身の父親のように、隠れている方がずっと賢いのに。
「……訊いてないだろそんな事」
眼前に、先と同じかさぶた状のトラテープが現れる。それは前へ直線状に増殖すると、裁を追尾する道のようになって広がり出した。
冷静なんだか馬鹿なんだか。道を作るのに集中して前を睨んでいる鉄村は、私が零した言葉に気付かないまま叫んだ。
「後で追い付く! 行け!」
返事の代わりに鉄村を離し、トラテープの道を走る。それは馬鹿らしい程あっと言う間に、目前へ裁を捉えた。
とは言えあの姿だ。捕まえようと手を伸ばしても
息を呑む。ずっと裁ばかり見て地上の景色に気付かなかったが、前方に公立中学校がある。二年前まで私と帯刀も通っていた。今は二年生になる鉄村の妹さんが通っている。
そうだ。何で裁の奴、ずっとこの方向へ直進してるんだ。魔術師から逃れたいなら街の外に出る方が早いのに。〝館〟だって街の南端にある上に、県境になってる山脈の麓にあったんだぞ。街の中心へ進むようなこの軌道じゃ、魔術師に見つけてくれと言っているようなものじゃないか。まさか学校に下りて、生徒を人質に取るつもりか? 自分が絶体絶命の危機の中、水の膜が崩れ落ちるのを防いで街を守ったのに?
聞き取ってしまった、奴が煙となる直前に零した言葉が、判断力を奪うように頭の中を掻き混ぜる。
得体の知れない焦りに突き動かされるように、もう一度抜刀すべく左手首を掴んだ。肩から捥ごうと力むと腹から爆ぜるような音が鳴り、肉と皮を突き破った何かが制服を裂いて宙へ飛び出す。
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