49.「それは恐らく、私を生涯縛る呪いの言葉」


 不気味な彫刻のように停止していたゴーレムの腕の塊が、さいの怒りを表すように雪崩れ込んだ。まるで腕という細胞で出来たような、モルタル塊の化け物が迫り来る。


 私は尾で床を打つ。陸上部のスターターピストルみたいな小気味いい音と共に跳んだ。腕の化け物の背へ影を走らせながら一気に飛び越え、カーテンにぶら下がる裁へ肉薄する。


 裁が刺すように私を睨んだ。それが合図のように、裁が落下しないようぶら下がっている辺りを残してカーテンが砕け散る。


 裁がカーテンを材料に付与の魔法エンチャントしたのではない。壁の向こうで残骸と化していた仁王を模したゴーレム群が、一つの団子になって押し寄せたのだ。団子は砕いたカーテンを吞んで形を変え、部屋の広さと同等に迫る胴回りを持つ、腐乱しているように輪郭が定まっていない芋虫となった。


 辺りの瓦礫をそのまま貼り合わせたような凹凸だらけの姿はモザイク画みたいで、顔には一切のパーツが無い。ただ中心に、井戸のように底の見えない不気味な穴が開いている。そこから気の触れた女のような、金属的な咆哮が上がった。


 芋虫はうじゃうじゃと並ぶ肉塊みたいな脚で、裁を背に置くように上体を持ち上げ、顔の井戸に私を放り込もうと頭を突き出す。


 私はうに絶句していて、思考も止まりかけていた。今も裁に虫が苦手だと話した事があるだろうかと記憶をひっくり返している最中だが、迫る芋虫に気を取られて進まない。悪趣味過ぎる。こんなの誰が見ても怖い。何を食ったらそんな造形思い付くんだ。


 何が一番酷いって、本当に見境無く辺りにあるものを寄せて作ったようで、凹凸の隙間から無数の〝患者〟の瓶が覗いている。これだけの巨体を砕こうと殴り付けたら、きっと瓶ごと壊してしまう。


 つまり都合がいい。最高の口実が出来た。ぶよぶよマンと言い裁と言い腕を使って攻撃を打ち込む際、利き腕でも無いのに必ず左腕から使って来た我慢が漸く報われる。


 左の手首を掴んだ。芋虫の全身から病的に細い人の腕が、繊毛せんもうのように噴き出す。それらは私へ手の平を広げ、我先にと芋虫を置いて行くように宙を駆け出した。


 不健全な笑みに歯が覗く。悪夢そのもののような光景の中、袖を残して肩からぎ取った左腕を振り上げる。ビビットオレンジの飛沫しぶきが軌跡を描く中、脳裏に刻み付けられた言葉がぎった。


 そいつは実に伝統的かつ形式的で、まさに魔術師が好む下らない礼儀作法マナー


 如何いかなる理由があろうとも魔法使いに放つ直前まで、魔術の開示を禁じる。


 魔術を開示する際はその名を呼んで周囲への警戒を促し、眼前の魔法使いを必ず殺すと誓え。


 悠長な事だ。


 辟易が混ざる笑みで、告げる。


「『一つ頭のケルベロス』」



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