35.薄闇で会いましょう
聞こえた方向を頼りに左側を見る。私の真横で壁を背にして、黒いロングコートの大男が立っていた。鉄村より大きな身体の天辺には黒いトップハットが乗り、影になった顔は輪郭も分からない。腰のベルトに古びた打刀を佩き、両手に白い手袋をはめていた。
ドアマンの阿部さんだ。〝館〟の〝患者〟に繋がる全てのドアは、ドアマンと呼ばれる魔術師が一人一枚ずつ管理している。重いドアの開閉を担うのも彼らの役目だがドアマンの本懐とは、〝患者〟を守る為立ち入ろうとする者の身分を検め、入室に相応しくない者は排除する事にある。
阿部さんは、今日もそこから一歩も動かず切り出した。
「チェックだ。お前は誰の〝患者〟の家族か答えろ。
阿部さんを呼び出す為にこのドアへ走って来た私は告げる。
「街に魔法使いが侵入しました。直に御三家から連絡が来ると思いますが、来館者数の確認をさせて下さい」
阿部さんは驚いたように、首を少し左へ傾けた。
「他のドアマンにも知らせよう。中に、お前と同じ制服を着た者が一人いる」
阿部さんは壁から離れると、片手でひょいっとドアノブを引く。ドアからは錆からか、悲鳴のような金属音が響いた。四角く切り取られた部屋の向こうから、古木の匂いを纏った薄闇が現れる。モルタル天井から垂れる裸電球が払う無機質な闇とは違う、黄昏時のような温かみのある、寂しい闇。
内装は古いオーク。剥き出しの配管が窓代わりに壁を這い回り、天井は工場みたいにやたら高い。その中央には中世様式の華美で巨大なガラス製シャンデリアがぶら下がり、距離感が狂う程遠い壁に囲まれた室内をぼんやり照らす。床では縦横十メートルはある引き違いガラス戸の木製キャビネットが、図書館の本棚のように佇んでいた。
空気を嗅ぐと、目的地を定め走り出す。キャビネットの所々にかけられたアルミ製脚立を躱して進めば、あるキャビネットの前に立つ少年を見つけた。
少年は
……ドアからここまでを十数秒間で走って来たが、その間に稼いだ距離は常人のそれでは無い。それだけ動き回れば相応の音も出す。それでも私に気付かない程集中している少年を、呆れ顔になって呼んだ。
「
少年改め
「いい声がしたと思ったら。水も滴るいい女だ」
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