34.延焼バクハツ!


「二、三人ぐらい」


「すっくな!? よく実行したな!? っていや、無理無理無理! そんなんじゃ誰も気付いてくれねえって! 大体俺達魔術師だから、おばけの薬でメディアに載らねえだろ!? 喋ってもキモい声と訳分かんねえ音に変換されて、何言ってるか全然分かんなくなるし!」


丁度ちょうどいい事に今の私は、部分的におばけの薬が切れててな」


 スマホの操作を止めると、左の手刀で首を切るジェスチャーをしてみせた。


「左手が抉れてただろ? さっきコガネムシに首も切り落とされたんだ」


 鉄村ははっとする。私の不死身のような体質は、監視の都合上街の魔術師に周知されている。合流直後の鉄村が、私の姿に動揺していなかったのはこいつが理由だ。


 手も頭も元通りになって便利なものだが、この元通りにはルールがある。表面上は指や頭が生えたように見えるが正確には、外部からの変化を受けていない状態に戻るのだ。私が貧血になっていなければ、欠損部分を補う為に周りの肉が引き攣れていないのが証拠である。だからおばけの薬の効果も、左手と頭に関しては切れている。


 投稿した動画を再生すると、私の顔も声も左手の一部も、そのままで表示されていた。そしてその投稿は既に、数十のユーザーに拡散されている。今画面を見ている間にも、拡散回数は三桁に入った。最早#文字化け作家という知名度のあるタグを付けている事など無関係に、並の芸能人の投稿でも追い付けない速さで。


 その理由を知っている上で、画面を見ていた鉄村は絶句する。


 私は動画再生を止めて、話を進めた。


「館内に残ってる人を避難させよう。二人じゃ骨が折れる。御三家に応援を呼ばないと」


 空が日暮れ頃のように暗くなる。


 既に雨雲で薄暗い筈の空を見上げた。大粒の雨が落ちてくる中、美術館の真上の空を覆うように、巨大な淡水エイ、モトロが漂っている。


 鉄村の父の魔術だ。空を泳ぐ大小様々なモトロが、父と魔法使いとの戦いから身を挺して街を守っていたのを見た事がある。


 私の強引なやり方への呆れだろう、参ったようにガリガリ後頭部を掻いていた鉄村は、尻ポケットにスマホをしまって言う。


「親父には連絡した。館内の避難と魔法使いが隠れてねえかの調べはモトロに手伝って貰えば大丈夫だ。警察にも連絡して、外に誰も出さないようにして貰わねえと」


 まさかぶよぶよマンの一件で、生徒が余り登校してない事がプラスに働くとは。妙な巡り合わせを感じながら、スマホの連絡先フォルダを立ち上げる。


「悪いけれど任せていいか。鉄村家の息子って肩書があるお前の方が話が通りやすい。さいさんの電話番号も教えるから、話聞いといてくれ。今私が近付いたらパニックにさせそうだし、行かなきゃいけない所がある」


 コピペした裁さんの電話番号を、メッセージアプリで鉄村に送信した。


「どこ行くんだよ?」


「避難指示だよ。すぐ戻る。スマホも携帯も繋がらない、滅多に人が立ち入らない場所があるだろ?? さっき裁さんから、そこに青砥部長がいるって聞いたんだ。裁さんは街の北側に走ってったから頼んだぞ」


 スマホをしまって言い残すと、街の南方向へ跳ぶ。雨水を跳ね上げて空を切り、一気に美術館の敷地外へ出た。道路標識や街路樹を足場に跳躍を重ね、あっと言う間に鉄村も美術館も見えなくなる。


 その性質から強雨が初期設定である『鎖の雨』が、一層激しく降り出した。鉄村の連絡を受けた彼の父が、警戒を強めようと指示したらしい。私の加速に追従するように激化しゲリラ豪雨のようになると、視界を奪いかねない勢いで街を殴り付ける。


 駅からタクシーで二十分はかかる距離を一分に抑えると、アスファルトをうっすら覆い始めた雨水を派手に打ち上げ着地した。立ち上がると、県境となっている山脈を背にして建つ、灰色モルタルの四角い建物と向かい合う。


 銀行なのか市役所なのか、形だけでは何の施設か分からない。明治時代からあるとは分かる意匠を持つも、窓の明かりが無ければ廃墟と思われそうな程人気が無い。


 これが〝館〟だ。住み込みの職員が管理維持し、重度の症状を抱えた〝患者〟が暮らす、〝患者〟の家族と言った関係者以外は一切の立ち入りを禁じられた場所。ここは〝患者〟の容姿を見世物にされるのを防ぐ為、スマホやカメラ、電話にレコーダーと言った、あらゆる記録や通信に用いられる道具が動かなくなる魔術を施されており、外界との接点を強力に遮断されている。故に職員に状況を伝えるのも兼ね、青砥部長の安否を確かるべくやって来た。


 手押しの片開きガラス戸を開き、玄関ホールへ飛び出す。中も灰色のモルタルで仕上げられ、掃除は行き届いているも寒々しい。奥で黙りこくっている誰もいない受付を天井から等間隔に垂れ下がる裸電球がぼんやり見える程度に照らしていて、その後ろにはここからでは果てが見えない程長い廊下が幾つも並んでいる。全て〝患者〟が過ごす部屋に繋がるものだ。


 ここには七ヶ月前から毎日通っているから戸惑いは無い。新築のように埃一つ無い床を駆け出して受付を横切り、右から三番目の廊下へ入る。しんとした空気を裂くように鳴り渡る足音が自分のものなのに空恐ろしく、呼吸音には嫌に急かされる。歩けば十分はかかる距離をあっと言う間に片付けて、現れた分厚い鉄製のドアの前で立ち止まる。


 背丈は二メートル強。男性でも容易には開けられないと一目で分かるが私には関係無いので、躊躇い無く左開きのドアノブへ手を伸ばす。


「余り学校をサボられると、お前の父からお前の面倒を見るよう頼まれている、俺が怒られるのだが」


 壮年らしき男の、背に伸しかかるような重みのある声がした。



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