33.見世物にされる気分なら知ってるぜ。


 鉄村は、私の右手の小石とストラップに付いている小石を何度も交互に見る。


「どうなってんだ……!? つまりあの四つの彫刻、やっぱり文字化け作家が作ったのかよ!? あの彫刻共魔法がかけられてたみたいで、急に動き出して辺りの人を襲ったと思ったら揃って地上に出て行ったんだけれど見てねえか!? コガネムシの他はじゃがいも潰す時のやつと、ハンマーと、心臓の形なんだけどよ!」


 混乱するのも無理は無い。


 宥めようと落ち着いた声で返した。


「全部壊したよ。四体とも、裁さんを殺そうと追っかけて来た」


「さ、裁ちゃんを!? あの子魔術師でも無いのに……。っつか、裁ちゃんはどこ行ったんだ!? まさかやられ」


 興奮する一方の鉄村を、つい親指しか無い左手を挙げて制する。


「大丈夫逃がした。……逃げられたって言った方が、正しいだろうけれど」


 制服のビビットオレンジの汚れが目立つ部分を、左の親指で指す。鉄村はやっと落ち着いたと言うのか、悲しそうな顔になってそこを見た。


 ……何でお前が、そんな顔するんだか。


 嫌になって、左手首を脇へ振った。ネイルハンマーに抉られた断面から流れていた血が、大きく散る。その血の一滴一滴から骨と肉が湧き出して、あっという間に潰された部分を形成した。


 切り飛ばされた頭が生えたのと同じ仕組みである。見慣れていないと言えば噓になるが、大層気色悪い。


 裁さんはビビットオレンジの血の上に、これを見たのだ。叫ばれなかっただけましか。いや、頭が切り離された際意識も一度飛んでいるので、私が気付いていないだけかもしれない。


 感傷的になっている場合じゃないと、ブレザーのポケットに左手を入れ言葉を継ぐ。


「この小石、心臓の他にも、ネイルハンマーとポテトマッシャーの中にも入ってたんだ。まだ調べられてないけれど、コガネムシにも入ってるかもしれない」


 ポケットから取り出した二つの小石を、右の手の平に乗せ鉄村に見せる。


 鉄村は身を屈めて小石を確認すると、信じられないものでも見たように強張って呟いた。


「マジかよ……」


「文字化け作家と無関係とは思えない。裁さんを追うのも大事だけれど、コガネムシと文字化け作家も調べるべきだ。この四つの彫刻を壊した途端、辺りが静かになったのもおかしい。今本当にここに魔法使いがいるのなら、もう一度裁さんを追うか私達を襲う筈だろ」


 鉄村は上体を上げながら、太い眉をハの字にする。


「まあ裁ちゃんは追いかけりゃいいし、コガネムシはそこにあるからいいけれど、文字化け作家ってお前……。あんだけ注目されて大儲けしてる奴なのに、正体不明なんだぜ?」


 私は左手で小石を纏めて掴み、空けた右手でスマホを取り出した。


「こいつのSNSにDM送る」


「はあっ!?」


 頓狂とんきょうな声を無視してブラウザを立ち上げ、「文字化け作家」と検索する。一番上にヒットした文字化け作家のSNSアカウントのリンクをタップして、真っ黒に塗り潰されたヘッダーとアイコンを無視すると、解放されているならDMのボタンがある筈の位置を見た。


「クソッ、こいつDM開放してねえ!」


 思わず悪態をつく私の様子を、何故かおろおろして見ていた鉄村は言う。


「してたって無視されるって。有名人だぞ?」


 イライラと鉄村を見上げて睥睨へいげいした。


「そんな事言ってる場合じゃないだろ。どうにかこいつと接触して、一秒でも早く真相を確かめる」


「ど、どうやってだよ? 自分のサイトも持ってない奴だぜ?」


 一旦操作を止め、小石をしまった左手で口元を覆うと思案に集中する。何でもいい。何か手は無いか。このよく分からない作家だか芸術家かの気を引く手は。


 手?


 口元を覆ったばかりの左手を離し、まじまじと見る。


 口元に手を当てるのは、考え込む時の癖だ。それ以上の意味は無い。ネイルハンマーに抉られずに済んだ部分と元通りに生えた部分には、繋ぎ目と言った不自然さは一切無い。そんな損傷、最初から無かったかのような綺麗な手だ。


「そうだ」


 文字化け作家のプロフィール画面を一旦閉じ、カメラを立ち上げる。動画撮影機能をONにして、使うカメラをアウトカメラからインカメラに切り替えた。左の人差し指と中指で再び取り出した小石を挟み、小石と自分の顔が映るようスマホを構えて口を開く。


「よう。〝不吉なる芸術街〟の魔術師だ。今朝街で見つかった四つの作者不明の彫刻が、魔法をかけられた疑いのある挙動を取り、市立美術館にて多数の死者を出した。この彫刻の作風は文字化け作家と類似しているらしく、かつ四つの彫刻の内三つから、文字化け作家の発表済み作品と酷似したこの小石が見つかった。早急に情報が欲しい。こいつが文字化け作家に届くよう広めてくれ。文字化け作家、DMを開放してくれないか。市民の命が懸かってる。話がしたい。頼んだぜ」


 一分も無い撮影を終え、小石をブレザーのポケットにしまった。スマホの操作を続ける私に、鉄村は不思議そうに尋ねる。


「……何やってんだ?」


「街の状況をネットに晒して、文字化け作家に彫刻との関与の有無を吐かせる」


 言いながら、今撮った動画を私のアカウントに投稿した。


「へっ?」


「適当にタグ付ければ誰かが拡散するだろ。世間の目を文字化け作家に集中させられれば、幾ら正体不明でも反応を見せる筈だ。これだけの知名度を持ってる身分で人殺しの魔法使いなんて疑いをかけられちゃ、無関係だったとしても黙ってられない」


 漸く理解した鉄村は飛び上がった。


「え、炎上させるって事かよ!? そんな無茶な! お前のアカウントってフォロワー数何人だよ!?」



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