7
32.逸品? 蛇足?
蹴り飛ばした筈のポテトマッシャーが、空中の私の頭を押し潰すように激突して来た。
「あだっ!?」
涙目になってびっくりすると、左耳の上にめり込んだポテトマッシャーを引き抜きながら着地する。握り潰すと手の平には、またあの白い小石が残った。
……何だってんだよ一体。
どこまでも振り回して来る彫刻共に重ねられた苛立ちに、舌打ちを漏らす。まあ、だからこの通り、加減さえしなくていいのであれば、彫刻の一つや二つ、大した事は無いのだ。
私が仕事が出来ないと同族である魔術師に殺されるのは、この通り不死身みたいな身体と、激甚な膂力の所為。要は、もし敵対されると厄介だから見張られている。全くそのくせして応援が間に合わないとは。壊しちまったぞこの彫刻共。
呆れて、目の前で動かなくなったコガネムシを見上げた。コガネムシ?
「ってギャアア!?」
そうだこいつ虫じゃねえか!
必死だったから忘れてたけれど冷静になって来て思い出し飛び上がった!
「ああ! うわあ! 最悪だ! 触っちまった! キモい! 死ぬぅ!」
ドタドタと後退るもコガネムシがデカ過ぎて、どれだけ距離を取ってもちっとも離れた気にならない!
「ぐあああ寒気と鳥肌止まらないんだけれどお風呂入りたそうだ裁さん!?」
抱えた腕を
裁さんは自分の足で、
既に誰もいなくなっていた広場で一人、手に残った小石をブレザーのポケットにしまって
嫌われただろうなあ。気持ち悪いって。血の色の時点でビビられてたし。
祖父の所為だ。膂力も不死身のような身体も、祖父の所為。自分とは無害であると証明する為に魔術師をやらなきゃいけないのも、祖父の所為。普通の社会に入った所で、皆に手に負えないと逃げられる。魔法使いを殺せるような力を持つ魔術師の世界じゃないと、自分はまともであるという証明すら出来ない。父が魔術師になった理由も、これだった。
……まあ、いいか。取り敢えず帯刀の件で失敗した事に関しては、今回でチャラにして貰えるだろう。
「んっ!? いやいや、彫刻って確か四体見つかったからコガネムシ、ネイルハンマー、ポテトマッシャー……。まだ一体残ってるじゃねえか!」
壊した彫刻を右の指で数えると、コガネムシから離れるのも兼ねてレストランへ走る。
小さな破壊音がして振り返った。
その、何度目にしても本物だと錯覚させられる完成度は
形や大きさは、それが人間のものだと一目で分かる程徹底されているも、黒御影なんだから明らかに色が違う。それでも一瞬でも本物だと思わされるのは最早、精巧と言うより魅惑的だった。素晴らしいものに出会って感動していると言うより、判断力を狂わされている。
心臓の彫刻は地に落ちると、矢張り裁さんを追うようにころころと転がり出した。既に跳躍していた私は、踏み潰そうと狙いを定める。だが心臓は、辺りから噴き出したトラテープに円形状に包囲され、槍のように駆けるトラテープの群れに切り刻まれた。
レストランへ振り返りながら、トラテープの群れへ着地する。踏み潰されたトラテープは心臓の破片ごと吹き飛んだ。その中から、目を付けていた心臓の破片の一つを掴み取る。それを握り潰しながら、後ろへ向き直った。
血でベッタリと制服を汚した鉄村が、レストランからドタドタと走って来る。血は地下にいた警察か、職員のものだろう。鉄村自身は怪我をしていない。
鉄村は眼前で急停止し、間髪入れず口を開いた。
「無事か!?」
「いや、レストランの店員がやられた。これ、何か分かるか」
苦い顔で答え、右手を開いて鉄村に見せる。砕いた心臓の破片にへばりついていた白い小石が転がった。
鉄村は目を見張る。
「それ……。帯刀に貰ったやつじゃねえか!」
鉄村は尻ポケットからスマホを取り出し、ぶら下がるストラップを確かめた。矢張り彫刻共から出て来たこの小石と、ストラップに付いている白い石は同一だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます