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25.スーパーヒーローはもういない
お喋りな奴め。
ついクラスメートに呆れて、目が据わる。
何故御三家は、魔法使い除けとして十分な機能を持っているこの『鎖の雨』を、毎日では無くこの七ヶ月間だけ集中するように用いているのか。
元々『鎖の雨』は、侵入して来た魔法使いを見失うまいという目的で作られた非常時用の魔術であり、常に運用した際のコストを考慮されていないのだ。
現に『鎖の雨』の運用を始めてからというもの、
前代未聞の事態である。それまでこの街は、侵入して来た魔法使いは当日中に必ず見つけ出し、殺して来れたのだから。
見敵必殺の魔術師がいたのだ。魔法使いを殺す力に関してのみならば御三家をも黙らせる、殺しにおいて最強の魔術師が。その魔術師は〝不吉なる芸術街〟において、魔法使い退治の主力として重宝されていたがもういない。
それまで魔法使い退治をその魔術師に一任するような態度を取っていた街は、最大の武器を失った事により守りに徹するようになる。その形がこの、七ヶ月間も続いている『鎖の雨』だ。
帯刀を襲った魔法使いが侵入して来た日、御三家はその魔法使いを逃がすまいと、すぐに『鎖の雨』を降らせた。だがどういう訳だか捕捉出来ないまま、今日に至ってしまっている。その魔法使いが街を出た証拠も無いので『鎖の雨』を解く訳にもいかず、鉄村家の指揮の下毎日交代で魔術師が、街を見回ってはいるものの。
最初にその魔法使いと遭遇した魔術師は誰だ。そいつが姿すら掴めないまま魔法使いを逃すなどという失敗をしなければ、こんな事態にはならなかったのではないか。
街の魔術師に対する批判がネットやSNSでも始まった頃、御三家のある家が、責任の矛先をその魔術師一人に向けたいかのように声を荒げた。
秘密主義で、封建的な体質でもある魔術師は、多くが当然のようにその言葉に従った。そのたった一人の魔術師が、本当に全ての原因であるような態度を取った。
子供が相手であろうと関係無い。魔術師である時点で、年齢による容赦などは受けない。若手だろうとベテランだろうと、警官は警官であるのと同じだ。新米だろうとその身分を名乗る以上、失敗は絶対に許されない。
顔を上げた
「先輩達からもう聞いてると思いますけれど、
用意しておいた言葉を、苦笑いに乗せて返す。
「そうだね。ありがとう。でも私」
店内の照明が消えた。
つい言葉が切れて、裁さんと共に辺りを見渡す。
厨房を見ると調理師も慌てた様子で、店の奥へ駆けて行ったり、調理の手を止めていた。そのままレジへ視線を流せば、それまで暇そうにしていたレジ番が、備え付けられた電話でどこかに連絡しようとしている。
だがまあ、今は昼間だ。鈍色の曇天から差し込むぼんやりとした明るさが、薄暗いものの十分に店内を照らしている。
裁さんもキョロキョロしているが落ち着いていて、ぽかんと口を開いた。
「……停電ですかね?」
私は窓から、外の様子を見ながら答える。
「……街は何とも無いみたいだけれど。この店だけかな?」
言いながら確認しようと、店の出入り口へ振り向いた。廊下の照明も落ちている。
もしや館内全体が停電したのだろうか? 誰もいない廊下の空気は重そうに停滞していて、どこからも光が差し込んで来る気配が無い。
鉄村は無事だろうか。
焦りが滲み、つい腰を浮かせる。目線が高くなった事で、店内のテーブル達に遮られていた部分の視界が露わになり、廊下の床が映った。
……何だ? 何か灰色のものが、店の前に落ちている。全てのパーツが黒に近いグレーに塗られた、二十センチ程のネイルハンマーだ。
何で、そんなものが?
違和感が背骨をなぞるように、腰から
ネイルハンマーがゴムボールのように跳ねる。無回転で跳び上がったそれは緩やかな曲線を描き、天井を掠める程の高さを持って店内に入って来ると……。
消えた。
レジの辺りから、熟れた複数個のトマトが同時に潰れたような音が鳴る。
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