24.やっぱり人間が一番怖い?


 スマホをブレザーのポケットにしまい、溜め息を堪えてグラスを掴む。


 何をやってるんだか。もしかしたら吸血鬼事件についても何か書かれているだろうかと、僅かながらに期待はしていたと言え。


 自分で気分を害する行為をしておいて、どんどん暗い方へ転がり落ちて行く思考を阻もうと、リンゴジュースを飲み干しグラスを置く。


「ええ一気飲みですか?」


 スマホでブラッドオレンジジュースの撮影中だったさいさんは、目を丸くして手を止めた。


勿体もったい無い。これ七百円近くするんですよ? もっと味わって飲まないと」


 私は苦笑交じりに答える。


「そうだね。気を付けるよ」


 裁さんは写真はもういいのか、両手で構えていたスマホをしまって唇を尖らせた。


「そうですよ。勿体無い。天喰あまじき先輩は、勿体無い事だらけです。お金は派手に使うし、高いものは大事にしないし、絵の才能まで腐らせて」


「君の言う通りだ。でもね裁さん。君の情熱はありがたいけれど、自分の願望の為に、人を巻き込むような事はしちゃいけないよ」


 善意を切り捨てるような事はしたくない。けれど、こちらにも君の情熱に劣らない信念がある事は伝えなければと、言葉を継ぐ。


青砥あおと部長の誘いはもう断ってあるし、私は魔術師だから部活は出来ない。君が私の絵に感動したのは嬉しい。でも私は、それを続けたいとは思ってない。私があの絵を描いたきっかけは話してるよね? 一学期の学生相談の順番が回って来る間の暇を使って、偶然描いたものだって。学生相談の順番が私の次だった人がたまたま美術部員で、暇そうにずっと教室の前でスマホいじってる私を見かねて、そんなに暇なら部室で絵でも描いてみないかって誘われたからやってみた。本当に、ただそれだけ。時間もある訳じゃないからパパっと仕上げて、もう美術部にお邪魔する事も無いって思いながら戻ったよ。置いて行ったその絵がまさか、その部員から青砥部長、美術部の顧問にまで話が伝わって、夏の全国高校生対象の美術展に応募してみないかって、誘われるきっかけになるとは思わなかったけれど。……最初は断ったけれど余りにしつこいから、折れる格好でそのまま応募に回したその絵が賞を貰うとも、夢にも思ってなかった。君っていう、私の絵に影響を受ける人が現れる事も。でも私、やっぱり魔術師である事に重きを置きたいんだ。確かに君の言う通り魔術師って、不自由で、おかしな奴に見えるだろうけどさ。……腹の立つ事だっていっぱいあるけれど、やっぱり誰かを助けるのは、悪い気はしないし。普通の生活なら今こうやって、君とお茶して味わえてるから平気だよ」


 ジュースも飲まずにじっと聞いていた裁さんは、様子を窺うように口を開いた。


「……本当ですか?」


 私はもう、苦笑いしか出来なくなる。


「これだけ言葉を使って伝わらないんじゃ、もう君の誘いを断り続けるっていう態度で示すしか、私には手が無いや」


「だって苦笑いばっかりで、ちゃんと笑わないんですもん。天喰先輩」


 拗ねるように放たれたその言葉で、時間が止まったと錯覚した。


 裁さんは躊躇うように目を泳がせると、そのまま少し、俯いて続ける。


「……その部員、私にとっては先輩に当たる方が、言ってました。今年の春、街に雨が降るきっかけにもなった、帯刀おびなた副部長が魔法使いに襲われる事件が起きてから、天喰先輩は全然笑わなくなったって。……その様子が余りに気の毒だから、気晴らしにならないかと思って、天喰先輩を絵に誘ったって。天喰先輩、帯刀おびなた副部長とお友達なんですよね? 私は二学期から美術部に入りましたから、帯刀副部長とお会いした事はありませんけれど……」



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