22.首切りモンスターへの願い事


 私は苦笑を浮かべると、肩をすくめてみせた。


「私が二つも首を落とされた犬に見える?」


 おどけた私の態度にさいさんは、拗ねたような顔になる。


「……そんな姿の人間が闊歩かっぽしていたら、幾ら魔術師だろうと大騒ぎですよ。それに魔術って、魔法みたいなものなんでしょう? 変身する魔術師を、肉眼で見たって噂もあります」


「魔術師は自分の手札を明かさない。否定も肯定も出来ないね」


 裁さんはもう、不機嫌になって言った。


「ずるいです」


「全くだ。私も魔術師のこういう都合のいい所、本当に嫌い」


 自嘲の混ざった笑みを浮かべる私に、裁さんは不思議そうに目を丸くする。


 意外にでも思われたのだろう。追及を躱し続け、決して己を語らない魔術師然とした態度でありながら、その体質を嫌っているのだから。魔術師にだって色んな人がいるし、魔術師も人間なんだから、心はあるさ。


 なんて、意地悪い事を言うつもりは無くて、冗談ぽく続ける。


「だから、もし私が〝一つ頭のケルベロス〟に出会ったら、裁さんの願い事を伝えておくよ。何して欲しいの? 首を二つも落とされるなんて、頼り無さそうな門番だけれど」


 お冷を飲んでいた裁さんは、グラスを置くとニヤリと笑った。


「なら、我らが八高やつこうの誇りである美術部に天喰あまじき先輩が入部して、卒業によって引退するまで、毎日きっちり部に参加するようにして下さいとお願いします」


 いた私は笑みが引きる。


 てっきり受付前での、旅行行き放題になりたいとか、常に最新のスマホを使いたいとか、指折り数えてたあれらの願望のどれかが挙げられると思っていたのに、よりによってそれとは。


 いや、冷静に考えれば妥当なのだ。何せ彼女、私と知り合った今年の二学期の始業式以来、顔を合わせるたびに美術部に勧誘して来る。まして彼女が美術部に入部するきっかけを作ったのは、例の美術展で入賞した私の絵だ。


 その絵は東京の美術館で展示された後この市立美術館でも展示されており、夏休み期間中暇潰しにと足を運んでみた裁さんの目に留まる。裁さんは、同じ八高やつこうの生徒である私が描いたその絵に感動し、二学期を待たずして美術部に入った。天喰塁あまじきるいとはどんな人間なのか、その目で確かめる為に。


 もっとも裁さんは私が美術部員だと当然のように思い込み、美術部に入れば私に会えると思ったそうだが、私は帰宅部である。夏休み中は登校する理由も無いので一度も裁さんと顔を合わせていないし、勿論彼女が美術部に入った経緯も知る由も無い。


 なんて記憶を辿りながら自ら面倒な話題を引き込んでしまったと悔やむ私に、裁さんは目を輝かせて身を乗り出す。


「入りましょうよ美術部! 天喰先輩、とんでもない才能があるんですから! 全国規模のコンクールで一等賞になったんですよ!? あの青砥あおと部長を押し退けて!」


 ああ始まってしまったか。


 裁さんの話を聞きながら、曖昧な笑みを浮かべる。


 青砥あおと部長とは、創立時から全国一の美術部強豪校という奇妙な名で知られる八束やつか高校美術部の現部長であり、油絵の天才だ。その才は八高やつこうの歴史でも追随を許す者はおらず、二年生になる頃には何校もの美大や芸大に声をかけられ始めていた麒麟児である。


 噂によるとこの青砥あおと部長とは自分の才能がどこまで通じるか試す為、この危なっかしい街にやって来て八高やつこうの美術部に入ったらしい。そして入部後の青砥あおと部長は、コンクールや賞に作品を出品する度、必ず一等賞を獲って来た。その連続一等受賞記録は、今年の春まで続いている。このとんでもない記録を絶ったのは、今夏全国高校生対象の美術展に出品された、私の絵だ。


 ……確かに、凄まじい話である。私だって青砥部長を黙らせるような生徒が現れたって聞いたなら、そのまま絵を続ければいいのにと思う。私だってあの一件から、卒業後はうちに来ないかと何人かの美大の先生から声がかかった。


 最初こそただ興奮して話していた裁さんも言葉を重ねて行く内に、私を説得しようと真剣な顔付きになっている。美術部に属している彼女なんだから私の絵と受賞がどれ程大きな事なのか、私への憧れを抜いた上で、私より理解しているだろう。


 それでも私はこの中途半端な笑みを変えられなくて、お冷のグラスを取りながら答えた。


「……ごめんね。魔術師は部活出来ないんだよ。いつ魔法使いが街に入って来るか分からないし、違法魔術使用者が出た時に部活で遅れましたとは言えないでしょ? ほら、今年の春先にもちょくちょくあったじゃん。クラスの不良が喧嘩の道具の為に買った違法魔術で暴れて、私と鉄村が止めに来るの。毎年一年生に多いんだけれど」


 お冷を呷るとグラスの向こうで、裁さんは頬を膨らませている。


「……それは確かにそうですし、その件は離れたクラスでの事でしたから、私は詳しくないですけれど。でもこの街の魔術師って、天喰先輩一人だけって訳でもないじゃないですか。魔法使いだって今年の春からずっと降ってる雨のお陰で、一度しか街に来てませんし……。部活しちゃいけないなんて、おかしいと思います。大人になったら、部活なんてなくなるのに」


 そう。七ヶ月前からこの街に降り続いている雨は、自然によるものでは無い。〝不吉なる芸術街〟だけに降る、魔術による人工の雨だ。


 『鎖の雨』と呼ばれるこの雨の魔術は、街に侵入しようとする魔法使いを検知する為にある。こいつに打たれた魔法使いはその居所を、街中の魔術師に把握され続けるという優れものだ。この検知から逃れたければ街から出て行くか、殺されるしか無い。この街の魔術師を統べる魔術師御三家、鉄村、上貂かみはざ、草壁により共同開発された、防衛魔術の粋の結晶である。お陰で〝不吉なる芸術街〟と呼ばれるこの地でも、もう半年以上魔法使いの侵入を許していない。


 私は有耶無耶うやむやにするような笑みのまま、大袈裟だと言わんばかりに手を振った。


「就職先にもよるけれど、部活がある職場だってあるって」


 裁さんは目を丸くするも、まだ不満そうだ。


「そうなんですか? 天喰先輩、大人になっても好きな事やりたいって考えてます? 卒業後の進路とか」



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る