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21.ひみつのせんぱいにご用心


 そんなにロールケーキを逃すのが惜しかったのだろうか? 冷や汗を浮かべてお冷を呷っていたさいさんは、驚いたように目を丸くした。グラスを置いてから尋ねて来る。


「そんな噂あるんですか? 初めて聞きました」


「どれだけ説があっても、どれも説得力は無いけどね。誰も会った事無いんだから」


 猫背になって、げんなりする裁さん。


「……自分で振っておいてその言葉はドライじゃありません?」


「さっき裁さんが振ったじゃんか。中途半端なままだったから、キリのいい所まで進めてから次の話題に行きたいなって思ったの」


「ああ成る程……。親切と言いますか、マイペースと言いますか……。でも、本当に根拠が無い話なら、こんなに広まってないんじゃないですか? この街の人間なら、誰でも知ってますよ? どこにいるかは分からないけれど、この街には必ず潜んでて、出会えれば何でも願いを叶えてくれる、〝一つ頭のケルベロス〟」


「トイレの花子さんみたいなものじゃないのかな。皆聞いただけで、本当に会った人なんていないでしょ?」


「トイレの花子さんに会った人知ってますよ」


 私は思わず右腕をテーブルに乗せ、少し身体を乗り出した。


「マジ? どこの人?」


 裁さんはぎゅっと口を結ぶと、意を決したような、物々しさを纏って告げる。


「ネットです」


「……あのねえ」


 今度は私がげんなりすると、裁さんは歯を見せてにかっと笑った。


「へへ。意趣返しです」


 私はじとっとした目で、裁さんを睨む。


「悪かったね冷めてて」


 裁さんは眉をハの字にすると、手を振りながら笑った。


「冗談ですよ。でも、SNSでタグが作られるぐらい知名度がある噂なんですから、実在したって不思議じゃないですって。魔術師が目撃される度にこのタグも現れて、毎回ネットで議論が盛り上がるんですから。いやっ、ていうか天喰あまじき先輩って魔術師なんですから、もしかして駅前の違法魔術使用者を捕まえた魔術師が誰なのか、知ってるんじゃありません!?」


 裁さんは話している内にハッとすると、グラスが揺れる勢いで身を乗り出して尋ねて来る。


 私は右腕を下ろしながら、っくに用意していた答えを告げた。


「知らない」


「嘘です目が据わってます!」


 びしりと左の人差し指を向けて来る裁さん。


 私は、下ろしたばかりの右腕をのっそりテーブルへ伸ばし、頬杖を突いた。


「……そうやって、魔術師が現れるたびに周りに尋ねられるんだから、据わるよ。それに、メディアへの対策を取られるって事は、勝手に撮って欲しくないって事なんだよ。だから、詮索しちゃ駄目」


 裁さんは不満そうに唇を尖らせる。


「無理ですよそんなの。善人から悪人まで、皆スマホ持ってるんですから」


「まあね。だから撮られる前提で、姿が映らないようにしてる訳だ。兎に角、私は駅前の違法魔術使用者を捕まえた魔術師を誰かは知らないし、そんな渾名あだなで呼ばれてる魔術師だって聞いた事無いよ」


 それでも全く納得していないと分かる裁さんは、探るような目で私を見据えた。


「……なら、実は天喰先輩が、〝一つ頭のケルベロス〟って事は無いですか? 天喰先輩だって、魔術師なんですから」



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