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17.好きって気持ちは止まらない!


「……どうって、私は……」


「あっ! いたいた!」


 私の物臭ものぐさな返事を遮るように、入口から鉄村の声がする。


 助かったと内心ほっとしながら、さいさんの肩越しに鉄村の姿を探した。大柄な身体はすぐ見つかって、太い眉を困ってハの字にすると歩いて来る。


「勝手にうろつくんじゃねえよ。どこ行ったのか分かんなかったじゃねえか……。んん?」


 鉄村は振り返っていた裁さんと目が合うと、不思議そうにぽかんとした。


 裁さんもきょとんとして鉄村を見上げていたが、我に返ったようにはっとして鉄村へ向き直る。


「すみません鉄村先輩! 勝手に天喰あまじき先輩を連れ出してしまって!」


「あれ。そうだったのか?」


 鉄村は良心が痛んだのか、うなじをぽりぽり掻いて目を丸くした。


 裁さんはスマホをしまいながら、慌てて言葉を継ぐ。


「はい! まさか美術館で天喰先輩と会えるなんて夢にも思わず、つい連れ出してしまいました……! なので、天喰先輩を責めないで下さい! 私が有無を言わさずにやった事なので!」


「そ、そうか? ならいいけれど……。へへ。悪いなァ、まさか裁ちゃんがいるとは思わなくってよ」


 このアホ、明らかにデレデレしている。


 そりゃあ、八高の生徒なら誰でも知ってる美少女が相手なんだから、当たり前だけれど。


 何だよ。ネカフェじゃ私には、効きもしない軽口叩いてたくせに。


「どうした?」


 視線に気付いた鉄村が、声をかけてくる。


「別に」


 咄嗟に目を逸らして答えた。


「何だよ? じっとこっち睨んでたじゃねえか」


「睨んでない」


 ギュッと目を瞑って返す。


「いや睨んでたって」


 しつけえので、目を開けながら話題を変えた。


「手ぶらだけれど、荷物とあのキモい彫刻はどこやったんだ」


「あっ! そうだった!」


 鉄村は目をまんまるくして思い出すと、美術館の入り口を指す。


「あの彫刻、今から本物かどうか調べてくれるってよ! 警察がもう別の彫刻も運んで来てるから、そいつらと合わせて一緒に見てくれるってさ」


 不思議そうに遣り取りを見ていた裁さんは、私達に尋ねた。


「彫刻って何ですか?」


 うーんすぐにメディアに取り上げられそうな話題ではあるから、話してもいいとは思うけれど……。


「あー……。えっと……」


 私が言葉を探していると、代わるように鉄村が答えた。


「今朝、街で変な彫刻が見つかったってSNSで流れてただろ? さっきその一つを見つけたから届けに来たんだ」


「えっ!? それってあの、文字化け作家の作品かもしれないって噂になってるあれですか!?」


 裁さんは酷く驚きながらめちゃくちゃ食い付く。


 ただでさえ気を引く話題なのに美術部員の彼女にそんな話をしたもんだから、


「見たいです! どこにありますか!?」


 と、大興奮で詰め寄って来る。


 鉄村は圧倒されながらも、


「え? ええっと、今は取り敢えず受付に置いて来てるけれど……」


 と答えるので、


「拝見しますッ!」


 裁さんは全力で館内へ駆け出してしまった。


 そのスタートダッシュは、陸上部に転身してもやっていけるんじゃないかと思わせる程爆発的。だがそんな勢いで美術館に入ってはいけないと、私と鉄村は慌てて追う。


 然し裁さん、冷静さを失っている訳では無かった。入館した瞬間にはピタリと爆走をやめ、それは静かに玄関を抜けると思ったら自動ドアのガイドレールにつまづき、つんのめるようにド派手に転倒した。


 私と鉄村は当然その瞬間を目撃し、凍り付いたように動けなくなる。


 ……何でスピードを落としてから転ぶ? 雨で滑ったのか? 


 学生鞄を持ったまま前方へ腕を伸ばし切って倒れたその姿は、どうポジティブに捉えようとも滑稽かつ哀れ。


 失笑する前に顔を背けなければと焦りが擡げるが、いや幾ら面白いからって転んだ女性を前に笑っている場合かと我に返り、裁さんが素っ転んでから一秒後には彼女を起そうと駆け出した。


 然し裁さんは学生鞄の持ち手を強く握り直すと、己の足でしっかりと立ち上がる。怪我が無くて安心したがそれはもう、何事も無かったような顔をしていた。いや、雨で濡れた床に伏したのだから、身体の正面は雨水で若干湿気ってるけれど。「でも転んではいません。転んだから何なんです?」と寧ろ周囲に喧嘩を売るような威圧感を纏い、悠然と歩き出す。


 勿論受付も一部始終は目撃しており、外れるんじゃないかってぐらい顎をあんぐり開けて裁さんを見ていた。美術館なんて静かな所に勤めているからだろうか。騒々しさに慣れていない様子がオーバーなリアクションに現れている。奇しくもこの場で一番失礼な態度を取っているのは、来館者を迎える上で最も冷静でなければならない彼らだった。


 当然裁さんにも受付のリアクションは見えている。何か声をかけるかと思いきや、無視してカウンターに放置されていたコガネムシを鑑賞し出した。多分受付のリアクションが、流石にウザかったんだろう。


 とは言え声をかけてやらねば、彼女の心が辛いだろうに。


 裁さんの威圧感にやられて立ち止まっていた私は、後ろからそろそろと歩いて来た鉄村と肩を並べると、様子を窺いながら彼女に近付く。


 そのコガネムシを眺める姿に、息を呑んだ。


 それは夢中なのだ。


 転んだ羞恥心を誤魔化す演技では無く、転んだ事をもう忘れてるんじゃないかってぐらい、真っ直ぐにコガネムシを見つめている。芸術が分からない私にも、ひしひしと伝わるぐらい情熱的に。


 小学生の頃帯刀おびなたが、親に買って貰った自転車を自慢しに来た時も同じ顔をしていた。その日の内に走行中ドブに突っ込んで、前カゴを潰してたけれど。


 ……あいつ今、何してんだろ。



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