18.こいつはマジな取引だ。



 これ以上はコガネムシに近付けない。立ち止まる私に鉄村は何を言うでも無く、受付へ苦笑を浮かべた。


「いやーすんません。ちょっと連れを探してまして……」


 受付は我に返ったような素振りを見せると、慌てたように愛想笑いを浮かべる。視線で分かっていたが、さいさんの容姿に気付いて見惚れていた。


 美術館もぶよぶよマンによる騒ぎは聞き及んでいるだろうが周辺の学校の対応までは知らないだろうに、裁さんが入館出来ていた理由はここかもしれない。


 容姿がいいとはそれだけで、無茶も我が儘も、ある程度ではあるが人並みより通じてしまうのは事実だ。まあ、裁さんが学校からのメールを受付に見せて、授業が始まる間だけいさせて下さいと頼んだだけかもしれないけれど。


 なんて考えている内に、鉄村と受付の話は進む。街に突如現れた例の彫刻達は、急遽きゅうきょ空けた地下展示室に集められ、警察と状況を確認しながら調べが始まったらしい。


 コガネムシにはもう絶対に近付きたくないので、裁さんを眺める位置に着いてから決して動いていなかった私は、その位置から鉄村へ手を振る。


「そうなんだ。じゃあ、行ってら」


 振り向いた鉄村は心外そうに目を丸くした。


「えっ、お前来ないのかよ」


「だって発見者はお前じゃん」


「それはそうだけれどよ……」


 全く気が利くんだか利かないんだか。


 眉間に皴が寄るのを感じながら言葉を継ぐ。


「だから、コガネムシそいつに近付きたくないって言ってるだろ。地下も嫌いだ。気が塞ぐ」


 すると途端、合点がいったような顔になる鉄村。


「あーそういやお前、地下鉄も怖くて乗りたがらねえもんなァ……。空気が淀んでるとか、落ち着かないとか言って」


 コガネムシに没頭していた裁さんが、突然意外そうに私を見た。


「えっ? そうなんですか天喰あまじき先輩」


 我に返るタイミングが迷惑過ぎる。


「いやこいつのスーパーハチャメチャ記憶違い」


「指を向けるんじゃねえよ。事実だろ」


「今一人で行って来てくれたら、館内の好きなレストランで奢るけれど」


 嫌そうな顔になっていた鉄村は、人が変わったように剣呑な気配を纏った。削ぎ落された剽軽ひょうきんさに隠れていた迫力が、その大きな身体から滲み出す。


 そう。こんなガタイで周囲を畏縮させない方がおかしな話で、普通はこんな図体のデカい筋肉男、いるだけで怖いのだ。ただ鉄村がおどけた性分だから、見えにくくなっているだけで。その重苦しい存在感に空気は張り詰め、容易には口を利かせない沈黙を、のっそりと横たわらせる。


 裁さんと受付が息を呑んだ。


 鉄村は、私から目を逸らさない。まるで今から、抜き差しならない重大な何かが起きるかのように。



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