第13話 日常

五月ももう終わりに差し掛かって、最近の外の空気は生暖かさに包まれていた。

 校内の桜の木も少し前までは鮮やかに咲き誇っていたのに、今となってはその花弁全てが地面に散りばめれらている。

 そんな、春の終わりをじわじわと実感しながら、門から一歩を踏み込み、僕は校舎へと足を運ぶ。


 歩いていると、何処からか吹く弱風で地面の花弁が宙に舞い、行く先もわからない方角に風に乗っていくのを呆然と眺めていると、背後から人の気配を感じ、すぐさま振り向くと。


「せーんぱい! 驚きました?」


「びっくりしたー、って、小春かよ」


「何ですかその反応は〜」


 そうやって脅かしてきたのは、後輩こと小春。

 そして、一応自分の中では盛大に驚いたものの、僕の反応が微妙だったのだろう、小春はふっくらと満足いかなさそうに頬を膨らませて僕を睨んでいる。


「ほんと、僕ドッキリとか苦手だからやめてくれ。危うく死因が『びっくり死』とかいうしょうもない理由になるところだったぞ」


「んなわけあるか」


「いや、あるだろ⋯⋯多分」


「はいはい」


 と、いつも通りしょうもない話になりつつ、気づけば小春は隣に、並んで歩いていた。


「あ、そういえば今日ですっけ、健先輩くるの」


「うん。でも一応な」


「そっかぁーくるといいんすけど⋯⋯」


「まぁ、どうだろう。本人次第だな」


「ですねぇー」


 納得はいったものの、小春の顔には微かに不満が滲んでいるように見える。

 まだ、あれから二日しか経ってない。

 僕らは僕らなりに全ての気持ちを伝えたけど⋯⋯それがどれだけ先輩の中で響いたかは本人しか知らない。

 だから下手に期待しすぎず、逆に逃げずにと、今できることはそんな己の気持ちをコントロールすることしかない。


「けど大丈夫。健先輩なら来るよ」


 だけれど、僕は謎に確信を持てていた。

 理由は自分でもわからないし、根拠もない。

 けど何故か、何でか、来てくれるんじゃないかと感じる。


「そう、っすか。りつ先輩が言うなら間違いないっすね」


 そして、小春もそんな僕の意見を否定するわけでもなければ、批判するわけでもなく。

 ただうんと一回頷くだけで。


「あ、でも本当に来なくても僕のせいにしないでね」


「先輩、数秒前まではカッコよかったっす⋯⋯」


「いやぁ、だってほら、これで来なかったら放課後に君ぶっ飛ばすでしょ?」


「しませんよ⋯⋯」 


 平然とした顔で先輩として⋯⋯いや、男としてどうなんだろうと自分でも思うくらいのヘタレ具合に、当然ながら小春から引き攣ったような眼差しを向けられては、呆れ腐ったため息を漏らされた。

 けど仕方ないよね。事実だし。しょうがないしょうがない⋯⋯っと、自分に言い聞かせていれば、あっという間に昇降口に着いて。


「じゃあ先輩、また放課後に」


「うん、また」


 そう言って、一回ぺこっと頭を下げてから、小春は一年の下駄箱へと行き。

 僕も、小春の後ろ姿を見送ってから、靴を履き替え、教室に向かう。

 


 ***



 そして、午前の授業を受け、昼食を挟み、今度は午後の授業をみっちり二時間受けて、待ちに待った放課後。

 ちなみに、午後の授業はまさかの連続での数学でして、現在精神が昇天しそうなのを堪えてる今日この頃。

 と、そんな死瞬前の状態でホームルームを終え、席を立ち、教室を離れようとすると。


「楪く〜ん」 


「⋯⋯鼓」


 以前、神名部さんと一悶着あった張本人。学校一のイケメンと周りから称えられている幼馴染と僕を呼ぶ男(自称)、鼓。


「な、なにかあったの⋯⋯? そんな楪くん、顔やつれてたっけ?」


「えぇ、あぁ⋯⋯午後の授業の疲労でね」


「そ、そう」


 どうやら今の僕の顔はやつれているそうで、そんな僕を鼓は心配そうに振る舞ってくれた。


「っていう鼓も、なんか雰囲気変わった? 前よりも男らしくなったっていうか何というか」


 鼓の雰囲気に異変を感じて問うてみると、鼓は一回きょとんとアホらしくなってから、心当たりあり気にぽんと手を叩く。

 まぁ鼓のこと。ようやく自分の腐り切った性格とか見直すついでに容姿も変わったんだろう。さっきからちゃんと空気読めてるしね。はぁ、やっぱ学校の王子様は大変だね。  


「あぁ、好きな人、三人ぐらできたからかな」


 前言撤回。クソ野郎に間違いなかったです。


「っえぇ、え? え⋯⋯えぇ? なんて?」


 もはや自分の耳を疑いたいぐらいなんだけど、念の為、もう一度復唱お願いします! と耳を傾けてみると、それに応じた鼓の口からはやはり⋯⋯


「いやだから、好きな人が三人いるからって」


 と、クソが何個もついてもおかしくないクソみたいなクソな理由であった。

 ⋯⋯これは、友達をやめるのも時間の問題だな。むしろ今すぐにでも絶縁を検討してもいいぐらいなんだが⋯⋯


「へ、へぇ〜そゆことねー、なんかいつもよりかっこいいなぁ〜って思ったんだよねぇ〜」


 演技歴ゼロの腕前はこんなもので。

 俳優みたく素人が瞬時に役なんて作れるわけがなく、表情は疎か、身振り手振りブンブンと慌ただしく振り回して、それとない反応で誤魔化してみると。


「そうだろっ! いやぁ〜やっぱ楪くんはすごい! よく気けました!」 


「お、うん⋯⋯」


 誰目線でそう言ってるかは知らんが、とりあえず上手く誘導できたみたいで。

 もうさっさと立ち去りたいと、足を一歩引き。


「じゃ、じゃあ僕行くね。また明日⋯⋯」


「そう、わかった!」


 鼓の期待を含んだ眼差しから目を逸らして、そのまま教室から遠のいて、一目散に部室へと向かう。

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僕が恋したのは、お金持ちのお嬢様 月摘史 @hasuuu

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