第12話 新聞部部員
「神名部先輩、何か健先輩とあったんすか?」
「⋯⋯や、特にない」
律紀をおいて、先に部室へ戻ってる最中、小春ちゃんがきょとんと小首を傾げて尋ねてきて。
それに、私は迷い気味に否定した。
「そう、ですか」
初対面にあんな言っといて、その理由もなければ弁解もないと、流石にまごつくのも無理はない。
今まさに小春ちゃんがそれに見舞われているところだった。
「ほんとよ。ほんとに健先輩とは何もない。ただ、彼の言い分に嫌気がさしただけ」
「⋯⋯ほぉ」
だから、私のためだけに変な気を遣わせたくないから、ありのままの心境を口にしたのだけれど⋯⋯
どうやらそこまで信用は得られなく、半分訝しんで、半分納得したような曖昧な吐息を漏らしていた。
実際のところ、言った通り本当に健先輩とは何もない。
ただ、彼の言った『安泰』と言う言葉があの時引っかかって、そのまま思ってること全て口に出してしまっただけ。
私は律紀がいるからついてきただけで、新聞部のことなんてこれっぽっちも思っていないし、先のことなんて考えたこともない。
私は、律紀と居られればいい。
律紀と話せればいい。
それだけしか考えてなかったから、彼に期待の眼差しを向けられたあの時、罪悪感で心苦しくなった。
けどそれと同時に、彼の責任感の無さにも呆れた。
あんな軽々しく重要な役目を自分がむいてるむいてないで、話し合い無しに押し付けてくる考えには心底失望した。
⋯⋯だけれど、彼にも彼なりの考えがあったのは事実。後輩である小春ちゃん、律紀の二人の存在が彼にとってどれだけ錘だったか。
それは律紀も小春ちゃんも気づいてないんでしょう。自分達で彼に近づいて救いの手を差し伸べた⋯⋯けど、それが彼にとって何より負担で重苦しかったことを。
これは他者であり、三人の過去に一切の関係のない私だからこそ、思い抱いた感想。だからこの事を二人に伝えても、無意味。
「小春ちゃん」
⋯⋯だって、もうこれで。
私含め、色々と心配する必要なんてなくなったのだから。
「なんですか?」
彼自身、しっかり私たちの声⋯⋯いえ、律紀と小春ちゃんの声が心の奥底まで届いたから。
「これからも、頑張りましょうね」
どうにかやっていけそうな気がする。
「⋯⋯えと、はぃ? で返事あってます?」
「っふ、あってるわよ」
そんな、苦笑含みの吐息を漏らして、怪訝そうに首を捻る小春ちゃんは、どことなく子猫のように可愛くて。
「かなべさーんっ! こはるー! 待って〜」
「お、りつせんぱーい、遅いっすよ〜」
「いやお前らが先に行ったんだろうがあぁぁぁ〜!」
そして、彼も子犬のように吠えながら駆け走ってきて。
「どうだった、先輩の様子」
あんまり具体的に深掘りなんてせず、軽薄にそう問いかけてみると、一瞬きょとんとしてから、律紀は⋯⋯
「ようやく昔みたいに笑ってましたよ」
なんて、くしゃっとしたその顔は、まるで幼い頃の律紀そのものに見える。
「そう」
「神名部さんは知らないと思うけど、意外とあんな根暗そうな見た目でも、健先輩ってけっこう笑うんですよ」
自慢話をしてるかのように、あははと語り始める律紀。
「それは意外。あんな猫に追われてる時に冷や汗流してるネズミみたいな先輩がねぇ」
「神名部さんの中での健先輩ってどういう見た目なんすか⋯⋯」
「冗談よ」
ま、半分思ってることだけれど。
「いやいやりつ先輩、あれは神名部先輩の言う通りネズミっすよ〜」
「⋯⋯根拠は」
「んなもんないに決まってるじゃないすかぁ〜。ぱっと見で判断しただけっすよ☆」
「もうさ、君ら人の心持ってるの? 自分がネズミって言われたらどう思うか、ほら、想像してみ?」
「んーそうね⋯⋯刺す」
「顔面蹴り」
私と小春ちゃんが躊躇いなく、真顔でそう口にすると、律紀はあちゃーと額を叩いて。
「あぁ、その発想がもう手遅れだわ。ごめん、こんなサイコパスな人らと付き合ってく自信ないわっ!」
で⋯⋯喫驚とも呆れたともとれるようなため息を吐いていた。
「りつ先輩って、詐欺に引っかかりそうっすよねぇー」
「っえぇ⁉︎ 突然だし、何その怖い予兆みたいなの!」
「いやぁ、私たちの嘘、見抜けたことないからいつか詐欺に遭いそうだなぁ〜って思って」
「やめてやめて冗談でも言わないでそんなこと。わかってるから自分でも人を信じやすいって」
「そんな警戒してて本当に詐欺にあったら思いっきり笑っちゃうわ」
「いやまじもうごめんなさい⋯⋯なのでもし巻き込まれたら是非笑わず助けてください⋯⋯」
「はいはい」
とかなんとか本当に怯えてるが、気にせず適当に流しながら、でも、その後もそんな繰り返しで、私たちは部室へと帰っていった
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