第10話 過去と未来と先輩

たわいのない雑談をしつつ、本校舎と東校舎を繋ぐ渡り廊下を通って、そのまま体育館を目指す。

 相変わらず薄暗い東校舎に、「取り壊して新しくすればいいのに」とか「古臭いですよねぇ〜」とか「あんま着たくないよね」などとぼろかす愚痴やら吐きながら⋯⋯あっという間に一階の体育館入り口前へとたどり着いた。

 そして、スクープとは言っても、そこまで精密にする必要はなく、ちゃっちゃかと見たままをメモに取ったり、バレー部の活動場面をカメラに抑えたりとして、三十分弱というまぁ短い時間でスクープ活動は終わった⋯⋯


「はぁ〜なんか仕事したって感じだぁ〜」


 その帰り道、緩みきった声を廊下中に響かせて、気持ちよさそうに伸びているのは小春。


「部室に帰ってもまだ作業は残ってるわよ。記事に使えそうな写真を絞ったり、各自メモしたことを記事に適用できるかとか」


「神名部さん鬼すぎ⋯⋯⋯⋯」


 と、可愛い後輩に現実を叩きつけているのは神名部さん。

 そして⋯⋯それに対して、横でちょいちょいと止めようとする僕と。

 いつもと変わらない光景である。


「⋯⋯しょうがないわね。じゃあ今日の活動はこれまでで、その代わり、週明けにめっきりやるから覚悟しときなさいよ」


「わっかりましたぁぁぁ!」


「っあ、はい⋯⋯」


 何の考えなしに小春は飛び上がっているが、なんか、なんていうか、神名部さんの言い方に圧迫感があったせいか、同じようなテンションになれないのだが⋯⋯

 まぁ、それはそれでと⋯⋯無事スクープ活動は終わったことで、次なる壁といえば、どう記事にするか、だ。

 実際、肉眼でバレー部の顧問の様子を伺ってみて、特に目立った言動はなく、むしろ普通っちゃー普通というのが正直な感想。それは二人も同様の意見だと思う。

 噂になってた『体罰』的なことも特には感じられず⋯⋯逆にどう記事に書けばいいのかが難点ってほどで。

 嘘偽りの記事を作成したところで、なんか新聞部としてのプライドで癪に障るし、かといって、事実を書いて公表したとしても、注目を向けられなさそうで。

 まぁ、どちらにせよ、叱られるルートは定ってるんだけど⋯⋯

 そんなこんなで、新たな課題に頭を悩ませつつ、週末明けの活動はスクープよりも多忙そう⋯⋯なんて微かな余裕も持てず、先のことに気力を奪われながらも、すたすたと来た道を辿っていく。

 

      ***


 時刻は⋯⋯正確にはわからないが、まぁ、大体開始から三十分ぐらい立ったから、四時四十分ぐらいだろう。

 結局東校舎に来てから、人と出会すこともなく、それに疲労でか、来る時よりも確実に僕らの歩くスピードは遅くなっていた。


 そして、そんな足腰痛めた状態で、降りてきた階段を今度は上がって、すぐ右折。

 空き教室を二、三個越したところで、ようやく渡り廊下に着いたものの⋯⋯

 視界の端の光の集合体に、僕だけが足を止め、ふとそちらに目をやる。


「⋯⋯ん、なんだ。なんかさ、あそこ光ってない?」


 上がってきた方の階段からではなく、もう一つの、反対側の階段側からその光は見えて。


「⋯⋯⋯⋯ほんとね」


 と、どうやら神名部さんも見えたっぽいような反応を見せた。

 不審に思い、そのまま二人をおいて、僕だけが光の方へゆっくりと足を運ぶ。

 校内が暗く、光に気づきやすかったのはいいが、一歩、また一歩近づいても、声もしなければ何らかの物音もせず。

 次第に恐怖心を抱くも、動かした足を引かず、そっと角を曲がると。


「っあれ⋯⋯」


 階段に腰を掛けて座っている人物が目線の先にいる。

 光が放たれていた原因は、その人が持っていた携帯なのだが。

 そんなのはどうでもよく、その座ってる人に僕は注目してしまって、驚きの声を漏らした。


 見覚えしかない人物。

 それはつい最近会った人で。


「けん、せんぱい⋯⋯っ?」


「⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯楪、なんでここに」


 それで、意味深な言葉だけ残して、あの時去っていった一つ上の先輩。


「先輩こそ、こんな暗いところで⋯⋯」


「俺は別に⋯⋯」


「どうしたんすかぁ〜りつ先輩⋯⋯⋯⋯ってぇ! 健先輩じゃないすかぁっ!」


「お、おぉ、小春ちゃん⋯⋯久しぶり、だな」


「う、うっす! 久しぶりっすぅ!」


 と、僕の名前を口にしながら小春は横に来ると、座り込む先輩と目が合い、愕然とした声を上げて、キレッキレに会釈。

 そんな小春に、健先輩は戸惑いの苦笑を浮かべつつ、どうしようかと目をあちこちと巡らせる。

 ⋯⋯まぁ、その一瞬、僕はただ呆然と状況の理解をしてたのだけど。


「じゃ、じゃあ俺帰るから⋯⋯それじゃぁ⋯⋯」


「っえ、健先輩」


 だが、そんなのもつかの間、健先輩はすぐに立ち上がると、ポッケに携帯をしまい、渡り廊下方面へと足を動かす。

 その向けられた力ない背は、やはり、以前会った時と変わらず、弱々しいオーラを纏っていた。

 

 ここで振り返らせるべきなのか⋯⋯けど、前も、そんな事を考えたけど、結局止めることができなかった。

 僕の言葉は、今の健先輩には、全くの無効状態なんだ⋯⋯と、諦めかけていた、いや、もう完全に諦めきって全身の力を抜いてたところで。


「あなたが、新聞部部長ね」


 そんな、またしても聞き覚えしかない響いて聞こえてきて、さらには健先輩の足を止めた。

 小春は今、真横にいる。

 てなると、もうあの人しかいない。


「⋯⋯誰、ですか?」  


「どうも。いえ、初めまして、神名部結愛と申します」


「神名部⋯⋯あぁ! 君が!」


 腕組みをして礼儀半分、仕方なさそうに名を名乗る神名部さんに、どこか心当たりあり気なわかりやすい反応を見せる健先輩。

 それに、僕も小春もすぐさま神名部さんの元へと駆け寄り。


「健先輩っ!」


 名前を呼んでみては、先輩も神名部さんもこちらに目線を変える。

 

 無理強いだってことはわかってる。

 でも、それでも、やっぱ聞いておかなくちゃなって。

 一つ年上の先輩だからとか、所属してる部活の部長だからとか、そんなの関係なく。

 一人の人間の悩みとして、聞きたいなって。


「この前のこと、あれ、どういうことだったんですか?」 


「⋯⋯楪。だから、あれは、その、野暮用思い出してそれで急いで行かなくちゃって——」


 だから、真剣にこの話に向き合ってほしいなって。

 恥ずかしさも、見せたくないとこも、全部を。


「っそうやって話を逸らさないでください⋯⋯でも、わかります。先輩がそんな風に後ろめたい気持ちも、あの日慌ててたことも。でも⋯⋯あんな真面目な先輩がさ、あんな矛盾するような言動してたら、ほっとけないですって⋯⋯」


「⋯⋯っ」


「⋯⋯僕に打ち明けられませんか? そうならば、誰だったら先輩の気持ちに寄り添えるんですか? そしたら僕、死に物狂いで協力しますから。だから、教えてください⋯⋯」


 茶化しにくるのは、それほど先輩がこの話題に触れたくないから。でも、それでも僕は逃さまいと話を戻す。

 もはや自分でも、なにが健先輩にとって得策か、導ける結果なんて、そんな思案はなかった。

 ただ相談してほしい。

 ただ先輩からして頼りになる人って認識されたい。

 ⋯⋯ただ、先輩のモヤモヤとした何かを晴らしてあげて、前みたいに、いっぱい笑ってほしい。

 それだけが今、脳裏を埋め尽くしていた。


「りつ先輩⋯⋯⋯⋯健先輩、私からもお願いします。やっぱ部長は健先輩がいいです!」    

 

「小春ちゃんまで⋯⋯」


「お願いします。お願いします先輩っ!」


 そして、小春もまた、自分の意思を口に出しては、深々く頭を下げて。


「⋯⋯そんな頭下げるんだったら、わかった。言うよ」


 そして、先輩もまた、僕らの誠意をしっかり受け止めてくれたみたいで。

 いや、伝わったみたいで。

 ゆっくり息を吸って、それから⋯⋯


「楪。あの日、お前が新聞部のことで訪ねてきた時、あの瞬間俺めっちゃ安心したんだ」


「安心?」


「うん。わかってる通り、俺は新聞部の部長。けど、全く活動も出来なくて、それが続けば続くほどお前らと合わせる顔がなくなって⋯⋯気づけば『部長』っていう座が俺にとってプレッシャーになってた。だからあの日、楪が神名部って言う人が仮部長をやってるって聞いて、安心したんだ」


「じゃ、じゃあ先輩があの時やめるって言ったのって⋯⋯僕が原因ってことですよね⋯⋯?」 


 プレッシャーに見舞われながらも自分自身と戦ってた健先輩を、最終的に⋯⋯強制的に決断という選択肢を選ばせてしまったのは僕なんじゃないかと。

 そう、思えば思うほど、激しく罪悪感が押し寄せてくる。

 ⋯⋯けど、そんな僕の問いには、健先輩は憎むような表情を浮かべることもなければ、頷くことでもなく。


「違うよ」


 と、感慨深い吐息と共に、首を横に振るってくれた。


「楪はなにも悪くない。俺が部長として優れてなかっただけで、自分で悩みを生み出して、自分でそれに頭を抱えて⋯⋯自分で逃げたんだよ。自業自得ってやつだね」


 そして、真面目な先輩だからこそ理解している自身の立場と考え。

 最初はどうにかと頭を悩ませるも、結局日を追うごとに考えてたことも自分も否定していく⋯⋯それがどれだけ覚悟が必要で、辛いものか。

 それに、どうにか気持ちをリセットに立ち直ろうとも、きっと先輩にはそんな励まされる人がそばにはいなかった。

 だってもしそんな先輩にとっての救世主がいたのなら⋯⋯今頃、先輩は新聞部に戻ってきてくれてるから。 


 昔みたいに、くだらないことで笑ってくれてるはずだから。


「先輩⋯⋯」 


「だから楪、お前はなにも悪くない。あの日来てくれたことも、こうして呼び止めてくれたのも。全部俺の責任だからお前はそんな自分を追い込めないでくれ。それに小春ちゃんもそう安っぽく頭なんて下げないでね。心配しちゃうから⋯⋯」


「けん⋯⋯せんぱいっ」


 順々に見合わせながら、先輩が一言ずつ言ってくれて。


「⋯⋯それと神名部さん、この度は申し訳ない。部長の俺がどうしようもないせいで、厄介な役目になっちゃって⋯⋯これからもよろしくお願いします」


 さらには初対面の神名部さんまでにも先輩は深々と頭を下げて、謝罪を詫びる。

 それに神名部さんは、特に表情も姿勢を変えず、のうのうと腕組みしたままで。


「⋯⋯⋯⋯一つ、聞きたいんですが」   


 かと思ったら、頭を下げる先輩に向けて何やら訪ねて。


「なんですか?」


 それに、健先輩がすっと顔を上げると。


「今の先輩の話を聞いてて、まるで私が代役として優れてる的な感じに思えたのだけれど⋯⋯そこのところどうなの?」


「それはもちろん、俺よりも部長として適してると思うし、君ならば新聞部のこれからも安泰できると思ってるけど⋯⋯」


 健先輩が困惑半分にそう言い終えると、突然、神名部さんの表情が曇り始めた。


「⋯⋯やっぱり。あなた、その発言自体まだ自分からも逃げてないかしら?」


「っえ?」  


 切れ味抜群の言葉という名の刃物で、呆れたため息と共に健先輩の心奥底の何かを斬り削いで。


「いいえ、逃げてる。これは断言できるほどに。私が適してる? 私ならば新聞部の未来を安泰できる? っは、責任転換にも度が過ぎるわ」


 その、神名部さんから酷く罵声を浴びせられた健先輩は、呆気にとられていて、ただ愕然と、息を呑んで佇んでいた。

 しかし、言い終えたかと思えば、まだ、神名部さんは物足りなさそうに唇を震わせていて。


「自分が適してない、部長としての能力がない⋯⋯それだったらなに、赤の他人に自分の地位を譲ってもいいと⋯⋯」


 次第に、鼓の時とはまた違う怒りが含まれているように見えた。

 僕と小春みたく健先輩を呼び戻そうとしてる⋯⋯というより、先輩の代わりを務めていたことにご立腹してるように思える。

 それは、健先輩を戻す戻さないの問題じゃなく、健先輩の人間性の問題に直視した上で、神名部さんは今、その愚問を本人に向けて伝えているんじゃないかと⋯⋯そう捉えている。


「言っておくけど⋯⋯あなたがいないから仕方なく私が部長っていう面倒な役割してただけ! それなのにあなたは「適してる」だとか「安泰」だとかほざかないでっ! ちゃんと自分で部長という仕事を真っ当にできてから物を言って!」 


「⋯⋯っご、ごめんなさい」  

 

「神名部先輩落ち着いて落ち着いて! ね?」


 己の不満をあろうことか怒鳴り散らす神名部さんに、健先輩はビクビクしながらも再び頭を下げる。

 そして、オーバーヒート化した神名部さんを、よしよしと隣で宥める小春に、どうやら我に帰ったようで、神名部さんが胸元に手を添え一呼吸。

 それからすぐに、喉の調子を確かめつつ、咳払いをして。


「ごめんなさい、取り乱してしまったわ」


「いえ⋯⋯」


「で、どうなの。戻ってくる? こないの?」


 と、普段通りの神名部さんに戻っていて。

 いや、ちょっとだけ荒々しさも残っているも。


「え⋯⋯いいん、ですか⋯⋯?」


「いいも何も、あなたでしょ⋯⋯この部活の部長は。馬鹿なの⋯⋯?」


 その、ふんわりとしているかと思えば、でも、意外と棘のある問いかけに。

 健先輩は⋯⋯膝に手をつく程までに心の底まできたらしく。



「おれなんか、がぁ⋯⋯いて、いいの⋯⋯かなぁ⋯⋯」



 なんて、ようやく弱いところをみせてくれた。


「⋯⋯いなくちゃ、また逃げることになるわよっ。それに、部長とかいう面倒ごと、やだし⋯⋯」


 照れ臭混じりにそっぽ向きながら、相変わらず容赦ない言葉を振りかける神名部さん。


 ⋯⋯けど、そんなの、今の先輩には効くわけがなく。


「ごめん⋯⋯⋯⋯ありがとう⋯⋯っ」  


「⋯⋯ほんと、めんどくさい人ね」


 ふんっと鼻を鳴らし、何やら持っていた布袋から、僕と小春に渡したカメラを取り出し。

 それを、ほいと泣き崩れ床に膝をつく健先輩に、手渡しした。


「なんで、カメラ?」


「私たちはスクープが終わった。後は先輩だけよ。週の始まりになったら記事作成に取り掛かるから、三時半には部室に来なさい。遅刻したら⋯⋯わかるわね?」


「わっ、わかっ、た」


「それじゃぁ」


「あ、待って、神名部先輩っ!」 


 最後の最後まで、脅しのような捨て台詞を吐いては、後ろを振り返り、神名部さんは本校舎へと消えていく。

 それを後ろから小春が追い。


「健先輩⋯⋯そう言うことでまた、来週に。待ってますから、僕たち」


「楪⋯⋯。うん、必ず行く」


「はい、ちゃんとスクープ持ってきてくださいよぉ〜!」


「わかってるってば」


 そんな、一年前みたいな懐かしい絡みができて、お互い、綻びの笑顔を交わす。


「それじゃぁ、また来週に」


「うん。また⋯⋯来週」


 ⋯⋯そして、先に行ってしまった二人を追いに、本校舎へと駆け足で向かった。

 結果まぁこれで一応、一件落着なのか? ⋯⋯なんて判断に戸惑うも、それよりも何よりも、やっぱ来週が楽しみになってしまう今日この頃であった。

     

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