第9話 スクープ活動

 新聞部活動計画会から二日後。

 午後四時十分にスクープ活動を実施することが決まり、今まさにその五分前で開始する直前だった。


「あなた達、忘れ物とかない? 必要品ある?」


「⋯⋯一応揃ってると思います」


「私はバッチグーです!」


 神名部さんの呼びかけに、僕は軽くカバンを漁り最終チェックを行う。

 一方小春は元気いっぱいに返事をする。

 ⋯⋯えーっと、メモ帳とシャーペン、記事用紙とカメラと。ぶっちゃけ記事用紙は持ってく必要はないけど、まぁ念の為にな。

 ちなみにカメラは神名部さんの持参。某有名会社のカメラで、それもまた新品。

 一昨日の会議の後、カメラを借りに田辺先生を訪ねたところ、結果カメラは無く、現(仮)部長である神名部さんに相談したところ、軽々しく頷いて、次の日には人数分のカメラが揃えられていた。

 これがお金持ちの娘か⋯⋯って、改めて実感して、慌てふためいたよね。僕も小春も。


「じゃあそろそろ行きましょうか。時間も押してきてるし」


「行こう行こう!」


 身に付けていた腕時計を見て、時間を確認する神名部さん。

 それに、小春がゴーゴー! っと横で大きく手を掲げ、テンションマックス。


「よし、忘れ物なしと」


 言ってるうちにも、のこのこと二人は先に行き、僕もちょっと急ぎめにカバンのチャックを締める。

 約一年ぶりの活動が始まろうとしている。それもどれも全部神名部さんのお陰としか言いようがない。

 神名部さんがあの日、ここに訪れてくれていなかったら⋯⋯

 入部してくれていなかったら⋯⋯

 誰よりも懸命に新聞部のことを考えてくれていなかったら⋯⋯僕はいつものように、この部室で呑気に本を読むだけだったのだろう。 

 全員が全員、揃ったわけではないが、この際それでもいい。新聞部としての活動と方針が定まったのならそれでいい。この二人と、いつしか部長副部長も入れて活動できる日を望んでいる。

 ⋯⋯まぁ、まずはしっかり活動として定着できてからの話だが。 


  ***


「それで、どこに向かってるんですか?」


 部室を出てすぐ、神名部さんと小春に追いつき、三階の廊下を歩いてる時のこと。

 前を並行して歩く二人に、突然ながら問いかけると、二人はふっとこちらに顔を振り返らせた。

 そういえば僕だけ今回のスクープネタを知らない。小春が担当だってことは知ってたけど、どんなネタを持ってきたのかは知らない。だから、聞いてみた。


「あら、あなた知らなかったの? 知ってると思ってた」


「言ってませんでしたっけ、先輩に」


「うん。とくになにも知らされてない。というか、お前じゃん、ネタ考えたの」


「確かに」


 言うと、小春はあははと申し訳なさの一欠片もない乾いた笑みを浮かべる。

 何だろう、この信用されてないポジション。一応僕も同じ部員なんだけどな⋯⋯。

 と、不安に感じてた矢先、わざとらしい咳払いが聞こえてきて、どうやら神名部さんが教えてくれるみたい。


「で、スクープネタの事だけど、簡単に言えば、バレー部の顧問についてよ」


「バレー部の顧問?」


「そう。言わば『噂』ね。私もあんま詳しくは聞いてないから、あとは小春さん、詳細教えてあげて」


「任されましたぁ!」


 軽い出だしだけ済ませて、神名部さんは投げやりに後を小春に委ねる。


「それで、担当さん、なに噂って?」


「まぁまぁ急ぎなさんなぁ〜あんちゃん。時間はたっぷりあっからよ〜」


「⋯⋯誰だよ。そして何だよそのキャラ」


「いま神名部先輩が言った通り、今回私はある『噂』について聞き出し、それをスクープの題材にしました」


 おっとぉ、ナチュラルな無視、どうもありがとう。

 なんて思いながらも、小春の話にふむふむと頷く。


「それで、その噂が『顧問が部員に体罰を与えている』というものです。なんで広まったかは知りませんが、生徒の中で今こう噂されてます」


 思ってた以上にセンシティブな議題だなぁ⋯⋯。大丈夫なのこれ?


「え、それさ、噂通りでもそうじゃなくとも問題になりそうなんだけど⋯⋯しかもその真相を公表するのが僕達って⋯⋯先生から叱りの言葉を喰らいそうなんだけど⋯⋯」


 恐れ多いいっす的な口調で言うと、小春が軽っぽい返事をした。


「ま、そこは大丈夫ですよ」


「いやせめてその根拠と理由を述べてから言ってくれませんかね⋯⋯」


「わかりません! なんとなく大丈夫かなと!」


「あぁはいはい、そうですか⋯⋯」


 微塵も信用できないけど、ま、噂だし、それはそれで先生を怒らせたら怒らせたで、その時はその時とて。

 でもやったやってないのどっちにしろ、ほぼ確実に近い確率で、教師サイドからお叱りをふっかけられるから、そこは覚悟とけじめをしっかりしておこう。

 できれば叱られたくはないのが理想だが⋯⋯。


「ま、そう言うことです! 噂になっているバレー部の顧問のスクープ! そして今向かってるのは体育館! 頑張りましょうね〜」


「うん、そうだね」


 うふふと無邪気に笑う小春に、僕は真顔でそう答える。

 そして、僕と小春が話し始めて終始口を開かなかった神名部さんが、ようやく声を出した。


「そうね、頑張りましょう。怒られるとは思うけど、頑張りましょう」

 けど、出た言葉がこれだった。

 やっぱ神名部さんもリスクを踏まえて小春のネタに頷いたんだ⋯⋯と、その瞬間何となく思って、流石だなと言わんばかりのため息が漏れる。


「怒られたら私たち、全責任りつ先輩に押しつけましょうかね!」


「ちょっと、何とんでもない提案してんの? そこの小娘」


「はは、それもいいわね。私たちは私たちでやりたいようにやって、あとは全てあなたに責任を擦りつけようかしら」


「神名部さんまで⋯⋯? もぉ、小春の話を鵜呑みにしないでくださいよー!」


「ふふ、冗談」


「嘘ですよ、先輩」


 なんて言いながら、二人は顔を合わせてくすくすと笑う。

 それもまぁ随分と楽しそうに、幼稚に、幸せそうに。


「ほんと、それだけは勘弁だからね⋯⋯マジで」


 ⋯⋯また、僕も、どこか二人に釣られてなのか、無意識に口角が上がっていた。

 なんだかんだ、大丈夫なんじゃないかと、いいんじゃないかと軽々しく思ってしまう自分がいる。

 でもそれは、安心してるからこその心情。

 神名部さんと小春だから抱ける気持ちだと⋯⋯僕は思う。

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