第8話 新聞部活動開始
「あら、遅かったわね」
「ちょっス! お久しぶりですりつせんぱい!」
部室に入って真っ先に聞こえてきたのは、神名部さんのふんわりとした声だった。
そして神名部さんに続き、隣にいた元気満々な小娘であり後輩である小春が活発な声音で言った。
相変わらず元気そうで小春は。あ、あと一文字足りないからね、僕の名前。
「よす」
二人からの言葉に、ぽつりと手短に返し、後ろ手でドアを閉める。
どうやら神名部さんは小春を説得できた⋯⋯というかもはや友達レベルまで到達したらしい。その証と言わんばかりに、仲良さげに肩なんてくっつけちゃっている。一方的に小春がくっつきにいってるように見えるが⋯⋯。
まぁ無理もない、神名部さんともあれば一般人がくっつきたがるのも頷けてしまう。いや、凄く頷けてしまう。いやいや、非常に頷けちゃう。
なんて、うんうんと独り鮮烈に頷いていると、無意識の内にマイポジションである席に腰をかけていた。
そしてよっこらせとカバンをいつも通り足元の側に置くと同時に、神名部さんがふっと部室内をキョロキョロと見渡した。
「あなた、健先輩は?」
持っていた黒ペンを慣れてないような手つきで回しながら神名部さんは言う。
やっぱ言ってくるよなぁーと隠し事がバレる一歩手前のような思いで、僕は苦々しいため息を溢しては肩をすくめ、はっきりと真実を述べることにした。
「健先輩は、部長を辞めるそうです⋯⋯」
「えぇー!!!」
告げると、小春はばーと口を全開に愕然とした大声を上げた。
かたや小春とは裏腹に、神名部さんは微動だにしていなかった。
「そう⋯⋯それは残念ね」
「いやいや、軽いな!」
呼吸をするかのようにぽしょりと呟く神名部さんに、小春がビシッと手の甲を神名部さんの胸元に当て、華麗なツッコミをかます。
というかなにその弾力。ツッコミを入れた小春の手が胸の中に侵食されていってる、だと。ったく、思わず見ちまったよ⋯⋯よくやった小春☆。
とかなんとか思春期真っ只中の青年らしい気持ちの悪いことを思っていると、またもや冷静な口ぶりで神名部さんが小春のツッコミに対し返答する。
「軽いも何も、健先輩と顔も見たこともなければ会ったこともないのよ、私。それじゃあ興味なくても仕方なくないかしら?」
「確かに!」
「おい、お前も結構軽いじゃねぇか。それに神名部さん、健先輩を興味ないって言わないであげて」
神名部さんの正論に、小春はポンっと手を叩き賛同する。
そしてそんな二人に対し、今度は小春に代わってツッコミを入れる僕。
いや、小春人のこと言えないぐらいに軽いなおい。しかも神名部さんも神名部さんで結構言うなおい。ほんとにこのメンツで行けるのかおい。
「不安だなぁ」とぶるぶる肩を震わせていると、神名部さんが不器用ながら動かしていた手を止め、んっんと小さな咳払いをした。
「ま、とりあえずそれは置いといて⋯⋯本題に入るわよ」
となりに箱を置くジェスチャーをして、神名部さんは黒ペンのキャップを外す。
そしてその呼びかけに、僕も小春も首を縦に頷かせた。
「はい!」
「わっかりました〜」
僕の潔い返事を塗り潰すか如く、小春はぬっる〜い返事をしてビシッと手を掲げる。
何その手、そこまで上げる必要なくね? なんてチラ見してる内に、神名部さんは席を立ち、ころころとホワイトボードを黒板の前に持ってきた。
「じゃあまず最初に、挨拶から」
「「⋯⋯へ?」」
本題いかんのかい! とどうやら同時に小春も感じたらしく、同じタイミングで腑抜けた声を漏らす。
「なによ、挨拶は基本でしょ?」
「いや、確かに社会では基本中の基本ですけど⋯⋯今更やる必要あります?」
「う、うん、私もそう思うなぁー⋯⋯」
小春がもじもじ指を絡ませながら言葉を被せてくると、神名部さんが青ざめた顔をした。
「まさか⋯⋯だけど、二人とも挨拶が苦手なの⋯⋯?」
「「ッグゥ」」
怪訝に神名部さんから指摘された瞬間、僕も小春も、体に尖った何かが刺さった時に出る効果音のような音を吐息と共に吐き出した。
そう、僕らは挨拶が苦手。言ってしまえば『自己紹介』が苦手なのだ。新聞部に入部したての頃、先輩方の前で僕は体も声も震えながらなんとか自己紹介を終えた事があった。そして今年に入って小春もまた同様に⋯⋯。あれから僕も小春も何となくひんやりしたあの空気がトラウマになったとさ。
そもそも自己紹介って名前以外になにを言えばいいの? 好きな食べ物とか好きな動物とかベタなやつでいくと幼稚に思われるし、かといって自分を持ち上げたようなことを述べるのもなんか癪に障るし。未だに正解がわからん。
小春をちらと横目で見て「どうする!」と目で救援要請を送ると、意外にも小春はキリッと瞳を輝かせ、「任せな!」と胸を叩き、自信に満ち溢れた合図を返してきた。
流石新聞部唯一の後輩! ここぞと言うときに役に立つ!
「神名部さん、はっきりお伝えしましょう⋯⋯」
「な、なによ」
二人とも見つめ合って、しんみりとした雰囲気を漂わせる。
そして少しの間を置き、小春が胸の前で手を握り、ゆっくり言葉を続ける。
「私とりつ先輩は⋯⋯⋯⋯自己紹介が馬鹿みたいに苦手なんです」
「⋯⋯⋯⋯は?」
こいつ、やりやがった。
まじ、ほんとに。
「苦手と言うより嫌いなんです、自分の長所とかを言うのが⋯⋯」
「は、はあ」
「そもそも何ですか長所って。自分でわかるもんなんですか?」
「わかる人はわかるんじゃないかしら⋯⋯?」
「そうなんですか。でも、私とりつ先輩は長所どころか得意なこともないですからね」
「ちょっと、勝手に同じにしないでくれないかな?」
「え、りつ先輩何か得意なことでも?」
「い、いやぁーあるよ? なにかしら⋯⋯ね」
言いながら、何でもいいから探してみるも、思い浮かばず濁し気味に答える。
すると、今の言動からして何か読み取ったようで、小春はしゅんと肩の力を抜き、ふんっと小馬鹿にするような鼻息を漏らして、憐れな眼差しを向けてきた。
「そう⋯⋯ですか」
「おいやめろその目! 可哀想な人を見るような目やめろ!」
「すいませーん」
舌をぺろりと出し、にこぱと腐った笑いを浮かべる小春。
なにこの子凄い先輩のこと馬鹿にするじゃん! 今さっき仲間だと思ってたこっちが恥ずかしい⋯⋯。
その腹立たしい顔を見て、ぐっと怒りを堪えながら小さく呻いていると、横から圧力のある視線を感じとった。
そしてそちらを見やると、神名部さんがはぁーっとため息を溢した。
「あなた達、これ以上見苦しい争いやめて。みてるこっちが気だるくなるわ⋯⋯」
額に手を当て、心底呆れた声音と表情で、頭痛を訴えるかのようにふりふり頭を振るう神名部さん。
その困り果てた挙動に、小春と顔を合わせてはお互いうぎゅと酸っぱい顔をする。
いやというか僕悪くなくね? むしろ被害者側だよね?
「ごめんなさい」
裁判長に免罪を申し立てようかと悩んでる内に、小春が先に罪を認めた。
ペコリと軽く頭を下げる姿に、僕はにんまりご納得の笑みを浮かべる。
が、ふっと神名部さんに目線を変えると、神名部さんは「お前は?」と言わんばかりの威圧の眼差しで見返してきた。
「す、すいません⋯⋯」
そんな恐怖を滲ませた瞳で見られたら、こちとら謝せざるをえない。
『怖いから』という理由もあるが『嫌われたくない』の方が内心揺さぶられている。だってあの神名部さんと同じ部活なんだよ? それもこれから一緒に活動してくんだよ? こんなチャンス逃すわけないよね。
だから神名部さんに不快に思われないよう行動しようと、僕が小春に続いて頭を下げると、神名部さんは息抜き程度のため息を吐いた。
「ほんと、騒がしい人たちね」
その声に、どこか安心感を抱き、すっと顔を上げ神名部さんを視界に入れる。
微笑気味な表情で、呆れたというより、もはや手に負えなさそうに小首を傾げていた。
「神名部さん⋯⋯」
「さぁ、もう挨拶とかいいから、さっさと始めるわよ」
「はいぃぃい!」
神名部さんがぽんと手を叩いてそう言うと、小春も顔を上げて先ほどよりも遥かに大きな返事と、キレッキレに手を掲げた。
僕もうんとだけ頷き相槌を打つ。
そして神名部さんの号令で、数時間に及ぶ『新聞部活動計画会(今決めた)』を部長、副部長不在の中で、僕達は今後の方針についてを話し合った。
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