第7話 先輩
一階三年教室前の廊下は「朝の満員電車か!」っとまではいかないが、それに近いぐらい少々言い方悪いが、先輩方がうじゃうじゃ屯っていた。
別に校長でもましてや教師でもない僕だが、いちこの学校に通う生徒の意見としてはこの人の群れは進行を妨げており邪魔で迷惑でしかない。しかも人を探しに来たっていう理由の今では心底強く思う。
そういえばいたいた中学にも。「ちょっと小話しようぜ」的な軽いノリで廊下占領して大声で話すウェイ系集団。あれなんなの? いや、仮に話の内容が『戦後の日本の〇〇について』とか政治家のお偉いさん方が話すレベルの内容だったらいいよ? けど大体『〇〇の学校の女の子キャワいくね?』とか『○組の女俺いけっしょ』とか九割女の話、で残りの一割自分語りね。「思春期真っ只中の青年っぽい話ね」としか思えないって、まじ。
けどまぁ流石に話題についてあまり強くは言わない。話す内容は個々の自由だからね。でもだからといって場所ぐらいは考えてほしいと思う今日この頃。
三年生は残り一年という僅かな時間で思う存分悔いの残らないよう青春を胸に刻んでくださいませぇ、なんて思いながら密集した廊下をかき分けるように歩き進んでいると、目的地である三年A組の教室から、もう春の中旬に押しかかったというのに首根にぎっちりマフラーを巻いたやけに背の高い黒髪男子生徒が携帯を見ながらのこのこ出てきたのを確認した。
うん、あの季節外れのマフラーとセーター、そして背が高いくせ溢れ出る隠キャ感⋯⋯間違いない、健先輩だ。
自分でも流石に言いすぎたと同時にあんな浮いてる人に近づきたくねぇと思い感じつつ、致し方なくじわじわと歩み寄って、そしてあちらも戦い生き抜いたようなヘトヘトの僕の存在にふっと気がつき、お互い目線を合わせる。
「おぉ、楪じゃないか。久しぶりだな」
「ど、どうもっす⋯⋯先輩」
「おい、だ、大丈夫か?」
「なんとか⋯⋯」
とは強がったものの、密集だったせいでか、暑いし何故か全身にピリッとする程度の痛みが走っている。これだからやなんだよ、体動かすのは⋯⋯と愚痴混じりにぜぇはぁぜぇはぁ息を吸っては吐き、膝に手を置きひと休憩。
「ほんとに大丈夫か? ちょっとここから離れよ」
「⋯⋯そうっすね」
よ、流石年上の先輩部長! 後輩の体調を気にしてくれる辺り僕からの好感度爆あがり☆なんて思う余裕もほんの僅か、健先輩は片方の手で僕の腕を掴んでは引っ張って、さささっと人混みの中をかわすように進み誘導してくれた。
ほんと紳士すぎませんか⋯⋯なんてお世辞でも言ってしまうと健先輩はすぐ鼻を伸ばすので、口はせずとも心奥深くで感謝感激。
「⋯⋯よし、ここらへんでいいだろ」
「ですね」
そして連れられた場所は教室から随分と離れた人の気配すらない薄暗い廊下。ここどこ? って一瞬見知らぬ土地に来た気分に見舞われるが、徐々に思い出してきたところで、健先輩がふーっと浅い息を吐き尋ねてきた。
「で、なんかようでも楪?」
「えぇとですねぇ、新聞部に関した話をしたくて」
呼吸が落ち着いてきたところで、早速用件をずばりと伝える。
健先輩ならこのくらい簡潔に言っても何となく先の事情を把握してくれるだろうと他人任せな気持ちを抱いていたのだが、どうやらそうもいかなさそうで、健先輩は独り首を捻って、難しい表情を浮かべていた。
「⋯⋯どんな内容だ」
表情そのままぐーんと重々しい声音で健先輩は聞いてくる。それに対し、少量の唾液を喉に通して緊張気味に恐る恐る返答する。
「えっと、これからの新聞部の復帰とその活動内容について⋯⋯みたいなことです⋯⋯」
なんだろうこの緊迫感。別に変なこと口走ってないよね僕? 何か気に入らなかったのかな⋯⋯などと不安に感じつつ、体を石像の如くじっと固め応答を待つ。
数秒、何か決心したかのような吹っ切れた吐息を漏らし、健先輩は真剣な瞳で僕を見つめては口を開く。
「すまんが楪、俺はもう新聞部に興味ない」
「⋯⋯⋯⋯っンん?」
予想を遥かに上回っていた言葉に、二秒ほど唖然としてしまい、腹の底から変な声を漏らす。
なにどう言うこと? 興味ない? 部長なのに?
「えーっとーつまりはどう言う?」
「聞き逃していました」的なニュアンスで再び耳を傾け聞いてみるも、全く変わらない真剣かつ真っ直ぐな瞳をじわじわ浮かべながら健先輩は。
「だから、俺はもう新聞部に興味ない」
ときっぱり断言した。
これは『本気』と書いて『マジ』な顔ですねぇ。うーん、どうしたらいい神名部さん⋯⋯。
助けて! 何てどこぞに叫んでもただ先輩に不審がられるだけなので、結局自分で真相を探ることにし、取りあえず大まかなところから追求していく。
「新聞部に興味ないってのは、具体的にどういう理屈で⋯⋯?」
「そうだな、新聞を書くことも読むこともスクープも、だな」
「⋯⋯ほう、なるほど」
つまりは新聞に関すること全部か。新聞を読むことは時と場合のモチベーションによって決まるのが殆どなのだが、書く以前にスクープへの興味心がこれっぽっちもないのなら、尚更書くこともできるはずがない。うん、追求するまでもなく終わったなぁ。それにこれはかなり失望的な展開だなぁ⋯⋯と、頭の中で思考と失望のオンパレードを巡らせながらうーんと苦く唸っていると、健先輩が半分心配そうに声をかけてきた。
「だから、俺は新聞部に行くことも活動を復帰させようとすることも反対なんだ。すまん楪⋯⋯」
「いえいえ、先輩は謝らなくていいですよ! 急に持ちかけた僕が悪いです」
「いや、新聞部の部長として謝らなくてはいけない。部長なのにも関わらず、私情でお前たちを見捨てた挙句謝罪の一つもないのは流石に鬼畜だ」
「そ、そうですか⋯⋯」
そんな真剣に謝られてはこちとら罪悪感が否めない。やはり先輩は真面目だ。いや、むしろ真面目通り越して生真面目すぎる。
顔を俯きしょんぼり肩を竦める健先輩の反省染みた姿に、どう今後の会話を促そうかと考え込んでいると、視界の端で一点の光が目を刺激した。
「ん、先輩、携帯開いてますよ」
言うと、健先輩はくいっと顔を上げ、手元の携帯を薄ら半目で眩しそうに見る。
「あ、ほんとだ」
「何か見てたんですか?」
とりあえずこれで沈黙を免れようとすぐさま食いつく。
のだが、今日はどうも想ってた通りに淡々と事が進まず、興味本位で僕が半身を近づけ覗き込もうとした瞬間。
「見るな!」
と、三階まで響き渡ってもおかしくないぐらいの声量で怒鳴りつけられ、健先輩は携帯を隠すように後ろに腕をまわした。
あまりの唐突さに、僕は愕然としてしまい、上半身を仰け反らしてしまう。
と同時に、健先輩はぎゅっと携帯を締めながらふぅーっと冷静さを保とうとする震えた吐息を漏らし、視線を下にぽつり呟く。
「す、すまん⋯⋯」
「い、いえ⋯⋯」
お互いしゅんと肩の力を抜き、健先輩はだらんと手をぶら下げた。
そして色々困惑してしまうこの状況に、お互い気まずい空気に見舞われ黙りこくってしまう。
本当にどうしようか、マジで誰でもいいから割り込んできて欲しいなどと心中何度ヘルプ要請出したかわからなくなったところで、健先輩の携帯の画面にぬるりと目線だけを向けた。
初めは眩く目が慣れるのにほんの数秒かかったが、ようやく馴染んできたところで画面に書かれている文字がはっきり見えてきたのだが、これまた予想外なことが書かれていた。
「『春風新聞』⋯⋯って、健先輩それ⋯⋯」
つい目で辿っていた文字を声に出してしまい、「やばいっ」と口に手を当てるも時すでに遅し。健先輩がはっと焦り散らしたような表情を浮かべ、すぐさま携帯の電源を落とす。
春風新聞が画面に写ってたってことは健先輩新聞を読んでたってことだよね。だから僕に見せないために隠したんだよね? さっき言ったことの矛盾込みで。
決めつけるわけじゃないけど、にしても春風新聞四ページ目が開かれてたのには流石の頭脳派先輩でも偶然って言葉で片付けるのは無理難題じゃないかな⋯⋯。
「ち、違う! あのうじゃうじゃいた人混みの中でたまたまこのサイトに飛んだだけだ!」
「あ、え、あ、うん、はい」
「ほんとだぞ!」
いや、別に全部信じてないわけじゃない。確かにここに来るまでずっと携帯を握ってたのは知ってる。だから信じてないわけじゃない。
けどなぁ、四ページまで捲れる以前に春風新聞が記載されてるサイトに飛ぶのはちょっと⋯⋯って、直接口に出してもよかったのだが、生憎言ったところで何も受け入れなさそうにどぎまぎしていたので、こくりと適当な頷きで相槌を打つ。
すると、僕があまりにもおもて面に出ていたのか、健先輩はさっさとこの凍りついた場から退散したさそうに携帯をズボンのポケットにしまい込んで、訝しんだ眼差しを向けつつ、けふんけふんと大きな咳払いをする。
「じゃ、じゃあまぁそういうことだ楪。さ、さっきはすまなかったな⋯⋯では⋯⋯」
「あ、ちょ——」
どう振り返らせようかとちんたら戸惑ってるうちに、あっという間に健先輩はすたすたと昇降口方面へと去っていった。
遠ざかる背を追いかけようとするも、「追ったところで」という気持ちが自分の中で押し勝ってしまい、見送るかのようにそのきょとんとした後ろ姿を呆然と眺め諦めた。
やはり神名部さんの思うようにはいかないのだろうか⋯⋯結局新聞部の活動復帰は難題なのだろうかと絶望にこれまでの計画を遮られる。
しかし、何らか健先輩は隠し秘めている。興味ないと口に出してはいたものの、実際本人の携帯からは春風新聞のサイト、その時点で矛盾が生じている。まぁ確定事項ではないのがまた引っかかってしまう箇所ではあるが⋯⋯。
でもとりあえずこのままにしておくのが無難。他人の私情に土足で入るわけにもいかないし、何より健先輩は真面目。いつか打ち明けてくれる⋯⋯はずだ。
不安は残るも立ち止まっていてはと前向きな事を考え、無理に自信を高めようと、ふんっ! と薄暗い廊下で独り意気込んでから、神名部さんらが待っているであろう部室へと直行する。
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