第5話 学校一の美男と美女

「気をつけて帰るんだぞー」


 担任がそう言った直後で、放課後の合図である鐘が校内に鳴り響いた。

 週の始まりである月曜日。一週間の中で最も人間がだらけ嫌う曜日。

 だがそれはあくまで午前だけの不景気なだけであって、今はもう放課後。逆にウハウハ状態真っ只中だろう。

 無論、僕もその中に入っている。大体放課後になるとウハウハ状態になるのだが、今日は特別気持ちが高鳴っている。

 理由は言うまでもなく、久々に新聞部の部員全員が揃うかもだからだ。「しょうもない理由」だと自分でも薄々感じている⋯⋯けどそれでいい。

 みんなと久々に会えるきっかけがあるだけで十分嬉しい。だからそれでいいんだ。

 その気持ちを思い抱きながら、ルンルンと身体を弾ませてカバンのチャックをジャッと締めた瞬間だった。


「やぁ楪くん、今日は随分浮かれてるね」

 と、横でカバンを肩にかけた鼓が話しかけてきた。


「うん、ちょっとね」


 わざわざ一から順を追って説明するのがめんどくさくて、適当な返答をする。

 すると、鼓は一旦にこりと笑ってからくいっと見当違いの方向に首を少し曲げ、教室のドアから覗き込んでいる女子二人に向けて、王子様のような眩しい笑みを振り掛けた。


「きゃー!!! かっこよすぎぃぃいー!!!」


「ありがと〜鼓くん!!!」


 片方はツインテールの髪で顔を覆り発狂して、もう片方は鼓に向け手を振りながら耳まで真っ赤に染めている。

 ただのやばい光景でしかない。


「うん! また明日ね!」


「⋯⋯」


 二人に向け鼓も小さく手を振り返し、やばい女子二人はそのままさささっと素早く教室から去っていった。

 周囲はあんま気付いてないみたいだけど、真横で一連の流れを見てしまった僕は言葉が出ず、ぽかんと口を半開いて唖然としてしまった。


「ごめんごめん、最近ファン増えちゃってさ」


「へーそうなんだ」


 なに、「僕これくらいモテてるけど君は?」的な感じで僕のこと煽ってる? 煽ってるよね? もうそろそろ僕自分のこと嫌いになりそうなんですが? 


「んで、それでどうしたの? 今日そんなに浮かれちゃってさ?」


 すっと澄ました顔をして、再び鼓が目線を戻し尋ねてくる。


「え、あー部活のことでね、ちょっとあって」


「へー。新聞部だよね?」


「うん」


「あの『活動がないのに廃部しない』っていう都市伝説がある新聞部で嬉しいことが?」


「⋯⋯うん」


 こくりと頷くと、鼓は「ふーん」といやらしく目を細めた。


「楪くんがこんな嬉しそうってことは、相当な事だなぁ〜気になるな〜」


 顎に指を添えて言うその様に、若干寒気を感じながらも冷静に言葉を選ぶ。


「き、気になるったって、知ったとこで鼓部員じゃないじゃん」


「そうだけどさーそれでも気になりはするよ。だから少し教えてよー」


 やけに今日の鼓ベタベタしく粘着してくるなぁ。でもだからと言って「みんなに会えるから」なんて理由は流石に小っ恥ずかしい。

 どうにかその部分だけ上手く遠回しに略せればいいんだが⋯⋯残念なことに今は思い浮かばない。


「知ったところでじゃん、だからいいでしょ⋯⋯?」


「お願いだよーちょびっとだけでいいからさ! ちょびっと!」


 手を合わせ全力で拝んでくる鼓。

 その言動に「えぇ」と困り唸って、とりあえずいつでも逃げれるようにと違和感なく自然とカバンの持ち手を肩に通す。


「あ、もう時間ないからさ、また明日でいい?」


「えぇ⁉︎ お願い教えてよ〜頼むよ〜」


「いや、だからさ時間が——」


 あまりにもしつこいものだから、さっさと離れようと、足を一歩後ろに引いた時だった。


「あら、そのくらい教えてあげてもいいじゃない」


 冷たいようで暖かい声色。

 それに因み、最近慣れ親しんだ声。

 それは確かに背後から聞こえた。



「か、神名部さん⁉︎」



 まさか、と思い、すぐさま顔を振り返らせた。

 脳裏に浮かんでいた顔と比較するまでもなく一致しすぎていて、つい大声で名前を呼んでしまう。


「神名部⋯⋯あぁ、あの金持ちの」


 僕の困惑じみた大声に、鼓は神名部さんに目線を変えて、ぽつりとそう呟く。


「あなた、案外ねちっこいプライドでもあるの? だったらさっさと捨てなさい」


 ドアに寄りかかりながら腕を組み、呆れたかように鼻から息を漏らして、神名部さんはそう僕に言い放つ。


「⋯⋯あ、はい」


 いや、今はプライド云々なんかどうでもいい。それよりまず神名部さんがここにいちゃだめだ。


「あれ、神名部さんの彼氏?」


「いやいやまさか⋯⋯素朴すぎだよ」


「だよねー」


「じゃああれじゃない、陸井くんの彼女だったりして!」


「ないよ! 陸井くんに彼女いたら嫌なんだけど!」


「私も嫌!」


 ほら見ろ、僕の容姿をディスったのは流すけど、あそこの女子三人組が陰口みたいな感じで言ってるの丸聞こえ。

 それだけじゃない、廊下の人らもぶつぶつなんか言ってる。

 やばいな、これ。


「神名部さんだっけ? 君みたいな人気者が楪くんに何かようでも?」


 周りが騒然する中、鼓がお得意の挑発的な口調で神名部さんに問いかける。

 それに対し、癇に障ったようで、神名部さんも負けじと口を開く。


「『人気者』というのはよくわからないけど、あなたに要件を教える義理はないわ」


「えー教えてくれない挙句、自分のこと人気者だと自覚してないんだ⋯⋯いいや、してない『フリ』かな?」


「フリ? うふふ。あなた、初対面にしてはかなりの言いようじゃない。そんな事言ってる暇があるのなら礼儀でも学んだらどうかしら?」


「礼儀? 面白いこと言いますね。質問しただけなのに即断固拒否したのあなたですよ? むしろ僕よりあなたの方が礼儀というのを学んでみたらどうです?」


「ふふっ。気に触るわね、あなた——」


「そちらこそ、偽善者さん——」


 ギギっと睨みつける二人。その間でじっと固まり震える僕。

 まじ怖すぎこの二人。なんでこんな敵対的なのこの二人⋯⋯。


「どう、この忌々しい気持ちを解消してくれるのかしら?」


「それはお互い様ですよ⋯⋯」


 流石にもうやばい。治る気がしない。これ以上二人の関係の為にも、自称ファン達の為にも止めないと⋯⋯!

 しかし、心中「でも間に携わっていいの?」と迷い躊躇い気味になりながらも、えーいと投げやりな感じで二人の間に割り込む。


「ふ、二人とも、とりあえずおちつこ⋯⋯?」


 こんな大勢の前だ。ビクビク声が震えても仕方ない。

 僕の弱弱とした呼び掛けに、二人は視線を僕に向けた。


「私は至って冷静だけれど? 落ち着きがないのは彼方じゃないのかしら?」


 そう神名部さんが反論してきて、人差し指で遠慮の断片もなく鼓をズバッと指差す。

 勿論のこと、鼓も指を差されて黙ってるわけがなく、薄く微笑しながらすぐさま反発した。


「はぁあ。さっきまで獲物を狩るような目してたくせに自分は冷静? ははは、また偽善ですか」


 くすくすと笑いながら、小馬鹿にするような言い方をする鼓。

 表面上笑ってはいるが、それが顔に出てる分、内心めちゃくちゃキレてる気がする⋯⋯。ほんと、これ以上面倒ごとはごめんだぞ。

 鼓の言葉に、神名部さんも口元に手を添えてケラケラ嘲笑しながら反発する。


「獲物を狩るような目? 決めつけもいいところね。あなたみたいな無礼者にするまでもないわ。なに、ちょっと周りから持ち上げられてるからって自信持ってるの? それ『自意識過剰』ってことよね?」


 うわぁ、これは完全止め刺したな⋯⋯神名部さん。やっぱ怖すぎ。


「うぅッ⋯⋯」


 神名部さんの言い分が図星だったのだろう、鼓はうぅっと吐息に混じりのか弱い声を漏らし、悔しそうに下唇を噛んだ。

 どっちの味方をするわけではないけど、今のは正直鼓が可哀想ではあった。僕だったらあんなこと言われたら涙拭ってダッシュで出て行くわ。

 けど、よくよく思い返してみたらちょっかい出したの鼓からだよね? それならちょっと気が引けてしまう⋯⋯。

 そう心の中で思い詰めながら、はっと我に帰って、再び二人の騒動の止めに入る。


「もーそこまで! 変なこと聞いた僕が悪かった。だから喧嘩はやめよ?」


「あら、私は喧嘩なんてしてるつもりはないのだけれど。まぁこれ以上騒ぐのはやめましょうか、周りに迷惑をかけてしまうわ」


「⋯⋯」


 思ってた以上に神名部さん、すんなり鵜呑みにしてくれてよかった。太々しさの名残はあるものの、落ち着いてくれりゃそれでいい。

 だが鼓は苛立ってる雰囲気がダダ漏れ。神名部さんを視界に入れたくないからなのか、そわそわ目を左右に行ききさせてる。

 一生この二人、仲良くなれないな⋯⋯。

 周囲を除き少々場の雰囲気が落ち着いたところで、腑抜けた姿勢を正してのっそり僕は口を開いた。


「じゃ、じゃあそろそろ行こうか⋯⋯神名部さん、僕たち今日”あれ”あるからさ——」


『あれ』と遠回しに言ってみたものの伝わってるのだろうか? と心配してた矢先、流石神名部さん、どうやらわかったようでうんと頷いてくれた。


「そうね、こんな『自意識過剰茶髪男』に時間をとってる暇なんてないわ。さっさと行きましょ」


 お願いだからこれ以上刺さること言わないであげて! なんか気持ち鼓の爽やかオーラが薄れてる気がするから!


「⋯⋯はい」


 聞こえるか聞こえないかぐらいの声量で返事をすると、神名部さんはくるっと反転して、あちこちからの注目を気にする素振りもなく、手でさらっと黒髪を払い廊下へと出た。

 その溢れ出るオーラかな後ろ姿に続いて、一回ちらりと鼓の顔を伺ってから、小走りで神名部さんの後を追う。

 そして廊下に充満する人の視線を遮るため、僕と神名部さんは二階と三階の踊り場で足を止めた。


「か、神名部さん⋯⋯流石にあれは言い過ぎじゃないかな?」


 停まってすぐ口を開いたのは僕からだった。

 神名部さんは僕に背けたまま、後ろで手を組んで、はぁーっと重々しいため息を吐いた。


「ごめんなさい。私、ああいう感じで来られるとついカッときちゃって⋯⋯迷惑かけたわ⋯⋯」


「え⋯⋯? い、いやぁーわかってれば、いいんですけど⋯⋯」


 おや、意外にも反省心をお持ちで。

 てっきり「あぁ? あなた、この私に対して随分上から物を言うわね。そもそもあんな厄介な人間と連むんじゃないわよ」的な感じでくるのかと。

 想定外の言葉に、僕は後部を掻く。

 教室を出るときとはまた違う神名部さんのしみじみとした後ろ姿。

 いつも強気で冷静かつ冷酷に近い雰囲気を醸し出している神名部さんだが、今はその真逆の佇まい。そのくらい自分の言動に反省の意を示しているのだろう。


「今度から、気をつけるわね⋯⋯」


 徐々に顔を垂れ下げながら、寂しげに神名部さんは反省染みた声色でそう呟いた。


「は、はい⋯⋯」


 特にかける言葉が見当たらず、適当に頷く。

 数秒沈黙が続いた後に、神名部さんがつまりそうな声音で喋り始めた。


「あ、あなた、同じ部員よね⋯⋯?」


「はい」


 僕がすっと答えると、神名部さんは後ろで組んでた手の指を微かにこねくり回し始めた。


「じゃ、じゃあ⋯⋯私の、そばにいるって⋯⋯ことよね?」


「⋯⋯ま、まぁ⋯⋯そうなんじゃないですかね」


 質問の意図がイマイチ掴めなく、曖昧なトーンで相槌を打つ。

 と同時に、神名部さんがふるふると肩を揺さぶり、ゆっくり顔を上げて話を進めた。


「つ、つまり、さっきみたいに私が暴走しちゃったら⋯⋯あなたは止めてくれるのよね? どこにいても」


「まぁ距離にはよりますが、注目されるのはごめんなんで意地でも止めに入りますけど⋯⋯」


「そっ⋯⋯か」


「な、なにか変なこと言っちゃいましたか?」


「い、いや! 何でもない!」


「そうですか⋯⋯」


 急に後ろ姿からでも分かりやすく落ち込むものだからびっくりした。

 というか「あなたは止めてくれるのよね」って聞かれて適当に返したけど、なんかその言葉の並びといい響きといい聞き覚えあるんだよな——まぁ、思い出せないからいっか。


「さ! そろそろ行きましょ! 今日は部員全員をかき集めるのよ!」


 ぱっとこちらに身体を反転させて、さっきまでのどんよりした雰囲気はどこいったと口に出そうなほど、神名部はふんわり無邪気に微笑んでいた。

 あんまみたことない顔付きに、ついきょとんとしてしまって応答が遅れる。


「⋯⋯ッあ、そうですね」


「大丈夫? なんか顔色悪いけど?」


「だ、だ、だ、だいじょうです!」


 覗き込むように見てくる神名部さんに顔を見られないようにと、一回顔を逸らし、頬をペチペチ叩いて、ぶるぶる顔を振るう。

 まじ危ない今のは。この人ってなんでこんな至近距離までくるの? ここ海外じゃないよ? まぁでも特に嫌ではないからよしとしよう。


「そう。じゃあ私、小春ちゃんのところに行くわね。あ、小春ちゃんって基本どこにいるのかしら?」


「あーえっと、多分野球部のベンチか教室で寝てるかと」


 そう述べると、神名部さんは「え?」と言わんばかりに小首を傾げた。


「教室はわかるのだけど、何故野球部のベンチに?」


「確か小春のやつ、野球部の先輩の誰かが好きとかそんな理由で、時より野球部のベンチでその先輩応援してるらしいのでいるのではないかと」


「へ、へー。わかったわ⋯⋯」


 引き攣るような細身の目に歪む眉。

 うん、小春会わない方がいいんじゃないかな。


「と、とりあえずそんな感じで、よろしくお願いします⋯⋯」


「あ、うん。そっちもね⋯⋯」


「すんません」という意味合いも込めて軽く会釈しながらお願いして、それに対し、神名部さんは若干戸惑い気味に返答した。


「じゃあ僕一階に行くので、また部室で」


「わかったわ。では後ほど——」


 そう神名部さんは言ってそのまま階段を上がり、見えなくなったところで僕も真逆に、一階まで階段を駆け降りて、部長のいるであろう教室に一目散に向う。

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