第4話 新聞部
「か、神名部さん、なんでここに?」
部室の窓辺で、ひらひらと靡く髪を抑える神名部さんに、僕は声をかけた。
「私がここに居ては駄目かしら?」
風に乗って漂ってくる香水の匂いが鼻腔をくすぐる。それに、夕日をバックに佇む
神名部さんの姿は何というか、言葉に表せないほど芸術的だ。可愛いんだけど美しいも交わってる。つまり『無敵』ってやつだな。
神名部さんは僕の言葉にプイッと小首を傾げ、愛らしい瞳を浮かべた。
「い、いや駄目じゃないですけど⋯⋯」
「じゃあ問題ないじゃない。少なくともそこらの生徒よりかは私、この部室に入る権限あると思うのだけれど?」
「え⋯⋯あ、それはまぁ⋯⋯」
神名部さんの自信に溢れた言いように、僕は返す言葉を見失い、ぎゅっと口を紡いだ。
結構神名部さんってぐいぐい言ってくるタイプらしい。しっかり理論的に返してくるあたり頭良さそうだし。第一印象で判断しちゃいけないんだね、もっと静かな人かと思ってたよ。
などと反省を交えながら黙りこくっていると、ガチャンと窓の閉まる音が耳に入り込んだ。
「さ、その話はここでおしまい。今日私はそんなことを話に来たんじゃないわ」
そう言いながら、神名部さんはささっと机まで歩み寄って、椅子に腰を預ける。
「話? と言いますと⋯⋯?」
「話は話よ。それよりここ、座りなさい」
「あ、はい」
神名部さんがぽんぽん机を叩いて誘導してくれたので、僕はすんなり従って向かい側に座り、すとんと床にカバンを置く。
少し緊張気味で背筋を震わせながら、僕は神名部さんに視線を合わせにいき再び問い尋ねる。
「そ、それで、話とは?」
「新聞部の方針についてよ」
「え?」
あまりにもズバッと結論から述べるものだから、つい素の反応をこぼしてしまう。
期待してた言葉とは違うし、何、部活の方針? いや、まぁそりゃこんなタイミングで入部してきし、さぞかしこの部活に興味持ったんだと思うんだけどさ⋯⋯もう無理じゃないかな。
と思いつつ、もう一つの疑問が脳裏に過ぎった。
「あ、そう言えば神名部さんなんでこの部活に入部してきたんですか?」
思ってた事をそのまま訊いてみると、神名部さんは呆れたように鼻から息を漏らして、うっすら目を細めた。
「昨日、言った覚えがあるのだけれど」
溢れ出る威圧と、不機嫌極まりなさそうな冷酷な眼差し。
完璧、地雷踏んだな。
「あ、え、っと、言ってましたね!」
「本当に覚えてるのかしら。今のあなたの顔を見てそうは思わないんだけど⋯⋯」
「いやいや、しっかり覚えてますとも! 「気分で」とかそんなんじゃなかったですっけ?」
「違うわよ」
あれ、結構真面目に答えたのに間違えた? 嘘でしょ? 「気分とかノリで——」みたいなこと言ってなかった?
「⋯⋯違いましたっけ?」
「はぁ」
再び神名部さんは深く息を吸っては吐いて。
「『私が入りたいから』って言ったのよ」
と太々しそうな表情を浮かべ、さらっと教えてくれた。
「あぁ、すいません、そうでしたね。あははは⋯⋯」
「もう、ちゃんと覚えておいてよ」
「頭に事細かく刻んでおきます⋯⋯」
今後気をつけよ。こういうことならないように。自分の大好きな人にあんな目向けられるのはもうマジでごめんだ。
僕があははと薄く苦笑すると、神名部さんがんっんとか弱い咳払いをして、ぽんと手を叩いた。
「余談は終わり。そろそろ本題に入るわ」
「は、はい!」
「っとその前に、急なのだけれどあなた、今までこの部活で活動してきたことある?」
「僕が入部してからですか?」
「そうよ」
「確か⋯⋯一回だけありましたね」
「そう⋯⋯」
質問しといて結構微量な反応だな。
「じゃあ部員は合計何人? それで今まであなた以外の部員でこの部室に訪れた者は?」
「部員は僕と神名部さん含めて、合計五人ですね。んで、僕以外の部員が部室に来てる事は知りません。部長辺り来てるんじゃないんですかね? 部長だし」
「なるほどね、わかった」
「は⋯⋯い」
一体今の質問で役立つ情報でもあったのだろうか。全くもって方針に向けての関係性が見当たらないのだが。
それに、まぁもし本気で神名部さんが新聞部のこれからを徹底しようとしてるのなら、協力的になるのは少なくとも僕と神名部さんの二人だけだと思う。あの人らがこの部活に対して動いた形跡を見たことがない。僕もあんま人のこと言えないけど、まだ部室に訪れてるだけマシだろ。
でもあくまで予想論⋯⋯実際はもの凄い協力的な人達かもしれない。だからそんな苦しそうに悩まないでくれ神名部さん。
「一回の活動経歴⋯⋯部員は五人⋯⋯部室に来るのは基本あなた⋯⋯」
誰でもパッと一目でわかる神名部さんの真剣な表情。顎に指を添えて、集中したいが為に一切瞼が揺らがない。
あぁ、一年前に一緒に入部してたら多少この部活の活動あったのかな。部長も神名部さんいたら行動派になってたのかな⋯⋯いや、やっぱあの人はどう見ても頭脳派だよなぁ⋯⋯。くっそぉ〜過去に戻ってそういうルートも確かめてみたい。
現在への後悔と皮肉を心の中でぶつぶつ呟いていると、深刻そうに神名部さんは下がってた視線をくいっと上げ、僕に目線を向ける。
「この部活は顧問からの指示で活動するの? それとも生徒次第での単独行動で始められるの?」
畳み掛ける質問に、僕は記憶を振り絞って、何とか返す。
「確か、あの時は部長から告げられて実行しましたね」
「んーそこが曖昧ね」
「曖昧って?」
僕の不意の疑問に対して、神名部さんはすっと迷いなく滑らかに返答した。
「直々に部長が田辺先生から活動内容の指示を貰っていて、それを翌日あなた達に告げたとしたら、活動するには顧問である田辺先生の指示を貰わなくては私達は行動できないってことよ」
「なるほど。それは困りましたね」
「そうね⋯⋯それで部員がしっかり動くのかどうか⋯⋯」
早口かつ空回りするような内容だったけど何とか理解した。
おそらく神名部さんが着目してる難点はどうにかなる。僕は勿論、あの人らも流石に神名部さんが入部した事を知ったら、忠犬の如くへっへへっへと舌を出して足にしがみつくに違いない。だからそこは問題ないはずだ。
だが僕が着目してる難点はそこじゃない。ずばり言えば『顧問である田辺先生』に難点があると思ってる。ここ数年、ろくに活動指示なんて出してこない人が急に「はいよーじゃあ〇〇で——」とか言うとでも? いいや、あの人は言わないね。僕は知ってる、先生がすっごいめんどくさがり屋なこと。可愛い教え子が毎日のように部室に訪れてそれとなく意欲を示してるってのに、一言も褒め言葉を掛けられた覚えがない。つまりそんな人が到底新聞部の活動内容を考える時間を設けてくれるとは非常に信じ難いのだ。
「何でこんな人が顧問なんだろ」っと内心つっこんで、ぽりぽり後部を掻きながら、んーと無意識に呆れて唸りが生じる。
「でもまぁまずは部員をここに呼び掛けるとこからですね。そうしないと活動以前の問題が発生しますし。それに、まだ神名部さんが入部したこと僕と田辺先生以外知りませんから、早く伝えないと⋯⋯ね」
最後らへん若干濁し気味に述べながら伝えると、神名部さんはこくりと頷き柔んだ表情を浮かべた。
「そうね。部員をここにかき集めるのが最優先ね」
「ですね」
「じゃあ週末明けから部員を呼びにいきましょうか」
ぐーんと伸びをしながら、神名部さんはぽつりとそう口にする。
「そうですね」
それに対し僕も相槌を打つ。
神名部さんは伸ばしていた手をすとんと下ろして、ぽわんとしたテンションで小首を傾げた。
「あ、そういえばあなた以外の部員の名前はなんて言うの? 呼ぶって言っても名前知っとかないと」
ん、「あなた以外」と言うことは僕の名前は存じてらっしゃるってことで良いんですよね? だったら是非「あなた」じゃなくて名前で読んでほしいのですが。
「下の名前しか覚えてないんですけど、部長の健先輩、副部長の葉月先輩、そして僕らの一つ下の小春ちゃんです」
「教えてくれてありがと。覚えておくわ」
「はい⋯⋯」
初めてかもしれない。異性から「ありがとう」って言われて本気で心にきたの。何かぐっとくるというか、締め付けられるというか⋯⋯。こりゃあ惚れるわけだ。
「じゃあそろそろ帰るわ。こんな時間だし」
「⋯⋯あ、わかりました」
呆然としてしまって暫し反応が鈍り遅れる。
だが、動揺まみれの僕にぴくりとも神名部さんは気づく事なく、爽やかな笑みを向けて、人差し指で僕を指差した。
「それじゃあ、また来週ここにくるから今度は遅刻、しないでよね」
「りょ、了解です⋯⋯」
そう次回のデート時に彼女が決め台詞かの如く言いそうな言葉を発して、神名部さんはカバンを片手に部室からすらっと出ていった。
そして神名部さんがいなくなって数十秒後、余韻を徐に感じ味わい、やや上の天井を見つめては、ぽけーっと呆然としながら。
「可愛かったなぁ⋯⋯神名部さん⋯⋯」
と、夕日色に染まった部室で独り、僕はそう呟いた。
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