第3話 覚えていません
「お初にお目にかかります。私がエレオノーラ・ガルティアでございます。今回のお招き、真にありがとうございます」
一言礼を述べた後、私はじっと王家の皆々様を見つめた。
そしてようやく察したのだろう。
この薄汚れたガリガリが、殿下ご所望の女だと言う事に。
次の瞬間、あちらさんはアレクシス様を中心に、円陣を組むように頭を突き合わせ、秘密会議を始めた。
だがその声は興奮しているせいか、こちらまでだだ漏れだ。
『本当に彼女………』
『あんな………勘違い……』
『人違いではないの?』
『あなたがちゃんと確認をしないから……』
まあそんな事じゃないかと思っていましたよ。
もしくは、絶世の美女伝説を立ち上げた、母様の娘なら大丈夫だろうと思い、私本人をろくに調査せず一方的に決めたのかもしれない。
ざんねんでした~~。
これなら、後はさっさと帰って、破談の連絡を待つだけだ。
えっと、慰謝料って幾らぐらい貰えるのかな?
「ごほん!!」
最初にアクションを起こしたのは母様だった。
大きな咳払いに、自分達の状況にようやく気が付いたのか、素早く元の場所に戻る人達。
「これは一体どういう事でしょうか。私共はそちらの仰せに従いこうしてお伺い致しました。もし何か話が有るのでしたら、はっきりと仰っていただきとうございます」
一応敬語を使っているけど、母様、青筋まで立ててメチャ怒っているなぁ。
「こんななりをしてはいますが、娘は私共にとってかけがえない可愛い娘です。もし娘を傷付ける事をなされば、私どもにもそれなりの覚悟がございます」
こんななりは余計だと思う、が、いつもはとても穏やかな父様まで怒ってるみたいな気がする。
いや激怒だわ。
でもありがとう父様、母様、こんな私のために怒ってくれて。
「いや、私はそんなつもりではなく…………そうだ、ここは若い者同士、庭でも散歩してきてはどうだろう」
王様、責任をアレクシス様に丸投げかい!
まあそれを命じたのは、この国で一番偉い人だから逆らうわけにもいかず、私はアレクシス様の差し出した手を取り、庭に向かった。
「先ほどは大変失礼をした」
とても美しく整えられた庭を散策しながら、アレクシス様が言う。
「いえ、お構いなく。私もそうだろうと思っていましたので、お気にせず」
だからもういいから、さっさとその手を放して!家に帰して!
そう思うも、アレクシス様は私の手を握ったまま、花園の中心に作られた素敵なガゼボに私を導いた。
そしてその下に設けられたベンチに私を促し、自分も向かい側に腰を下す。
「ようやく会えた、エレオノーラ……」
そう言うとアレクシス様は、私のほうに両手を伸ばし、私の顔からそっと眼鏡を外す。
最後のあがき、アレクシス様は自分の思い人かどうかを確認をするつもりだろう。
だが、それを外されると、周りがぼやけて困るんですけれど。
案の定アレクシスからため息が漏れる。
そりゃそうなるだろうな、私の不細工を晒して申し訳ないです。
でもこれであなたの勘違いだとわかったでしょ?
だが戻された眼鏡越しに見たアレクシス様は、なぜか満足そうに微笑んでいる。
不思議だ。
いや、これが暗闇マジック、勘違いの上塗りかもしれない。
「実は私は、昔あなたにお会いしたことがあるのですよ」
そう言われても私には覚えがないし、王子様と会う機会もない人種だから、それはあなたの人違いだと思うよ。
「あなたはきっと覚えていないでしょう。当時まだ2歳ほどだったとお聞きしましたから」
覚えとらんわ、そんな昔の事。
「あの時は私の6歳の誕生日のパーティーでした。私はパーティーの後、隣国に留学が決まっていたので、父上は思い出のためにと大々的に行なってくれたのです。しかしその時にメイド達の噂話で、自分が人質として隣国に行く事を知りました。子供ながらそれを理解した時は、親に捨てられたのだと思い、かなりショックでしたよ」
6才ならば、そんな話も理解できる頃か、可哀そうに。
「それを知った私は一人になりたくて、パーティーを抜け出しこのガゼボに向かいました。ところがやみくもに走ったせいか、藪に倒れこみ、ここを手酷く切ってしまったのです」
そういって差し出された手のひらには傷一つなく、私の手よりよっぽど美しかった。
そして私は知らぬ間に、その手にそっと触れる。
「今は傷一つないでしょう?あの時、城には戻りたくないと思い、何とかここに辿り着き痛みに耐えていた時、どこからかあなたが現れたのです」
ふむふむ。
「そしてあなたは私の傷に気が付き、たどたどしい言葉で”痛い?”と尋ねまに取り出したハンカチを使い手当てをして下さったのです。その姿の何と可憐だったことか…。それから私のケガに向かい”早く治って”とおまじないをかけてくれたのを今でもよく覚えています」
知らんわそんな事と言うか、それ本当に私?
「覚えて…いません…」
「ああ、ようやくあなたの声を聴くことができた」
そう言い、アレクシス様は私の顔に手を伸ばし、親指でそっと私の唇をなでる。
な、何しくさっとんじゃぁ~~~!
こちとら男性との接触など、父様と兄様達以外は皆無なんだよ!
私は思い切りその手を払い、頬を抑えながらうつむく。
「申し訳ない、あなたはとても慎ましい人なのに、つい……。でも残念だ、貴方の頬はきっと美しいピンク色に染まっているだろうに、この月明かりではそれを見る事が出来ない」
やはりこの月明かりだけでは、私の顔の判別はできないと見た。
ならばアレクシス様はまだ勘違いをしている!
「話を戻しましょう。不思議な事に、あなたのその言葉を聞いた途端、傷の痛みが引いたのですよ。そして屋敷に戻った後で、傷に巻いて下さったハンカチを外して見ると、そこにはあんなに酷かった傷が消えていたのです。あなたからいただいたハンカチは私の血で汚れていたのに………」
それはきっとなたの勘違い…いや、一連の出来事は全てあなたの夢だったのです。
「私はあなたに会った時、その姿や可愛らしさ、美しさを目の当たりにし、妖精か天使が舞い降りてきてくださったと思いました」
そう!きっとそれだよ!!それは私じゃ無く天使だったんだよ。
「これを」
そう言い差し出されたものは、我が家の紋章が入った、小さなハンカチだった。
「……………」
「覚えていらっしゃいますか?これはあなたが手当てして下さった時、私に下さったハンカチです」
だから覚えていないって。
だが、これが彼の手元に有るという事は、私とアレクシス様の接点が有ったと言う証拠となりかねない。
この勘違いの象徴となる物が、相手の手に有るのはまずくないか?
「それを…返していただけますか?」
「これは留学中、片時もこの身から離さず心の支えとしてきた私の宝物です。しかしあなたの希望であれば、残念ですがお返ししましょう」
アレクシス様はそう言い、そっとハンカチを私に差し出した。
そうか、これを辛い留学中の心の支えにしていたのか、そんなに大切に思っていてくれた物を私は……。
だが私は容赦しない。
それをサッと奪い取り、間髪入れずにバッグに突っ込んだ。
それを見ていたアレクシス様は、何がおかしいのかクククと笑い出す。
「あなたはとても可愛らしい。まるでお日様色の子りすの様です」
や~め~て~~!
そんな事を言わないで、恥ずかしくて背中がむずむずする。
でもあんたもエルトランジェで、一人ぼっちでそれなりに苦労したんだね。
よく頑張ったね、偉い偉い。
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