第2話 無駄な足搔き

それから母様と私は、ほぼ徹夜状態で体裁を整えるために頑張った。

話した通り、母様は上位貴族出身だったから、駆け落ちの時に持ち出した荷物はかなり上等なものばかり。

尤もかなりの物を既に売り払っていたが、さすが腐っても鯛、残っている物も上等な物ばかりだ。


だから私達はそれらを漁った。

お呼ばれに見苦しくないよう、むなしい抵抗をした。

そして何とか母様と私が着ていくドレスを確保した。

だが母様は元々自分に似合うように仕立てられた物だからいいとして、問題は私だ。

スリム(栄養不良)な私は、身に着けたドレスのあちこちがガポガポしている。

髪はパサパサのズルズルで、目にはビン底眼鏡。

おまけに私は母様より10cmほど背が高いのだ。

想像してみてくれ、ドレスの裾から足首が丸々見えるような状態を。

それに対し、母様は多少お年を召した感じは有るが、いまだに美しいと形容される美貌なのだ。





「母様、あとは一人で出来るから、母様は自分の支度をして」


王家は夕げを共にとの指示であり、今は当日の黄昏時、いっそ食事は明かりも無い暗闇の中でしてもらえないだろうか。


「ダメよ!あなたに任せると、どんな悲惨な結果になるか………」


酷い言われようだな。


「そんな事言っている場合じゃないわ!母様そんな恰好で陛下の前に出るつもり!?」


まあ母様は、化粧などしなくても十分きれいだけれど、身支度は整えていないわ、髪は結い上げてないわ、普通だったら陛下たちに会うような恰好ではない。


「うっ!………わ、分かったわ、とにかく時間が許す限り丁寧に、手早く支度を済ませてね!」


そう言い残し、母様はバタバタと自分の部屋に駆けていく。

母様の指示は無茶な要求だと思うが仕方がない。

私はしぶしぶと自分の身支度を再開した。

いつもより奮発し、多めのオイルで髪をまとめる。

それから片側に流すようにゆったりとした三つ編みをし、ドレッサーの奥から見つけたコサージュを飾る。

次に化粧だが、どのみち大きい眼鏡をかけているから、そう凝らなくてもいいだろう。

それでも数少ない化粧道具を駆使し適当に済ませた。


さて、出来る限りの事はした。

いくら文句を付けようと、これが偽り無い私であり、私を選んだのは王家だ。

私にがっかりして、婚約破棄するのであればすればいい。

そうなればいくらかの慰謝料が入るだろう。

開き直った者に怖い物は無い。

そう思い、私は意気揚々と、迎えに来た王家の馬車のもとに向かった。


馬車の前で待っていた父様と母様は、案の定、私を見て深いため息をついた。

二人とも、現時点でこの縁談を後悔しているはずだ。

だが今更後戻りはできないよね……。


「さ、参りましょう?」


私はにっこり笑い、父様母様に馬車に乗るように促した。

戦闘開始だ。




母様は馬車の中で、何とか私の姿を良くしようと奮闘した。

ピンピンとはねた髪をごまかそうと2度ほど編み直してみたが、これ以上は無理だわと匙を投げた。

それではせめて顔を……とそっと顔から眼鏡を外したものの、それはまたそろりと顔に戻された。

気持ちは分かる。

ここのところの内職の夜なべが続き、昨夜は御呼ばれの用意のために徹夜をした。

化粧もろくにしていない上に、私の顔色は悪く目にクマまで出来ている。

今更足掻いてもしかたないですよ…母様。

向うだって、私の見た目で処刑などしないでしょう。

いや、王家に対する不敬とするのか?処刑するのか?


さて、馬車は城に到着し、私は両親に続き仰々しい扉をくぐった。

通された部屋には、既に二十人近い人がいたが、その中心にいる6人は明らかに別格だった。

皆、見た目は麗く、ゴージャスかつ上品で上質な装いをしている。

私は仕入れた記憶を駆使し、この面々の事を思い出す。


正面の椅子に掛けている、少し恰幅のよい赤毛の方が我が国の王、ヘンドリック・グランタール王だろう。


我が国のトップと、貧乏男爵家とがこんな会い方をするなど、本当に許されるのだろうか!?


そして陛下の隣でほほ笑んでいらっしゃるのが、婚約者の祖母カロラ様かな?

シルバーブロンドと勘違いするような艶やかな白髪をし、顔に刻まれたしわまでが品位を感じさせる。

惜しい事に昔は美しかったであろうグリーンの瞳が、少し白みを帯びていた。

そして見事なブロンドに、空色の瞳が美しい王妃ルシアナ様。

スリムだが、父親似の第一王子セドリック様。

それからまだ12歳の、妹姫のフレデリカ様はお父様譲りの赤い髪と、勝気そうなブラウンの瞳。

しかしそんな彼女は、一人の男性に張り付いていた。


そう、彼こそが私のお相手のアレクシス様だろう。

情報通りのシルバーブロンドに深いブルーの瞳、家族の中では一番の高身長だ。

一見すれば、母親似の優し気な超絶イケメンと思いがちだが、その実、その眼は父親譲りの鋭い眼光を潜める。

何て言う事だ、好みのド・ストライクじゃないか。

でもなぜこんな人が、私を貰いたいと言い出したのだろう?


「この度は、我が家にとって突然のお話と身に余るお招き、恐悦至極に存じます」


わざとらしささえ感じる仰々しい礼を述べ、頭を下げる父様。

それに続き、私達も礼を取る。


「ようこそガルティア男爵殿。今回は無理を言ってすまなかった」


全くだよ。そのためにこっちはどれだけ苦労したと思ってるんだ。

そうは思うが、口には出すまい。


「いえ、とんでもございません。私共の為にこのような場を設けていただき…」


「いや、わが愚息の突然の申し込み、そなた達もさぞや戸惑った事であろう」


その通り!


「そうかしこまらずに頭を上げてくれ」


その言葉で、私たちはようやく直る事ができた。


「隣にいらっしゃるのが、噂に名高いジャクリーン様か。いや、噂通り真に美しい方だ」


そうだろ、そうだろ。

母様は我が家の一番の自慢だもの。


「して、エレオノーラ譲はどちらに……」


はっ?

私はここにいるではないか。

私の前には父様たちがいて、目に入らないかもしれないけれど………。


陛下の言葉で振り向いた父様が、私を正面に押し出した。

さあ、これが貴方達の選んだエレオノーラだ。

文句が有るなら存分に言え!

覚悟は出来ている!



固まった。

その場の空気から、対峙している人から、その部屋に控えていた全ての人全員が。

それから数秒後、王様は再び口を開く。


「で、エレオノーラ嬢は……………」


しつこいな、この状況でまだ抗うか。

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