第4話 若い者同士のすれ違い
「そういえば私達は婚約者同士なのに、お互いの事をあまりにも知らなさ過ぎですね。改めまして、私はグランタール王国第二王子アレクシス・グランタールと申します、先ほど申した通り、先月まで隣国のエルトランジェに留学しており、先日20歳を迎え、それを機会に帰国しました」
アレクシスはテンプレート通りの文章を一気に述べた後、期待を込めた目を私に向ける。
私にも自己紹介をしろと言う事ね。
「初めまして、ガルティア男爵家長女、エレオノーラと申します」
「…………………」
まだ続けろと?そちらの言い成りになるとお思いならば、大きな間違いです。
負けるものか!
「………………」
「…ふふっ、私の家族構成は知っていますよね?」
そりゃ超有名人だもの、知ってますとも。
「アレクシス様も、わたくしの家族の事は調査済みなのでしょう?」
「申し訳ない、あなたに対する一通りの事は知らされています。しかし私の知らないあなたの事を、もっと知りたいと思うのです」
「そうですか。でも何をお教えすればいいのか、私にはよくわかりません」
それもそうですねと微笑んだ顔も、さわやかさ溢れるイケメンだった。
「私の趣味は乗馬とチェス、特に散歩がてらのんびりと遠乗りをするのが好きだな。で、エレオノーラあなたは?深窓の令嬢との評判で、屋敷の外にもめったに出ないとの事。その為か、あなたの詳しい情報は何ら漏れてこないのです。あなたの事は何でもお聞きしたい。毎日何をして過ごしているのですか?好きな物や趣味は?」
深淵の令嬢?それ誰からの情報だよ。
もっとも毎日家事や内職に追われてるし、街に出る時も令嬢らしからぬ風体で歩き回るから誰も私の事を男爵令嬢だとは思わないだろうな。
趣味?趣味は小銭を貯める事だよ。
まあそれを口にするのは我が家の恥を晒す事になるから言わないけれど。
ならば……。
「刺繍や料理などを少々………」
少々というか、毎日やってます。
一応貴族の端っこにしがみついてはいますが、うちはメイドを雇える境遇ではないから全ての事は自分達でやってます。
刺繍は内職の一環です。
毎日私がやっている事を知りたいのであれば、いくらでも有りますわ。
父様は男爵としてのお仕事で忙しく、兄様達は出稼ぎに出ていて男手は少ない。
魔石もろくに買えない家だから、燃料としてマキは必需品。
それをだれが調達するとお思い?当然私のお仕事です。
森で毎日のように枯れ木を集めていますよ。
当然マキ割りも私がします。
ずいぶんと上達しましたのよ。
今すぐお見せしたいものですわ、私の見事なナタ裁きを。
まあこの場でそんな事はしませんし、この先それを見せるほど長い付き合いにもならないでしょうけれど。
「慎ましやかなうえに家庭的なの方なのですね。やはりあなたは私が思っていた以上に素晴らしい人だ。料理は?何がお得意ですか?やはりお菓子などを作られるのでしょうか?」
お菓子ですか?年に2~3回作りますよ?
裏山で野生の砂糖大根を見つけた時とかに。
市販の砂糖などの贅沢品は、めったに買えないですからね。
料理はほぼ毎日していますよ。
食事の支度は私の仕事ですから。
得意なメニューですか?しいて言えば山菜料理が得意ですね。
春はたくさん収穫できて最高、夏は雑草に似ている野草が豊富に採れるし、秋は果実が取り放題。
そうなると冬はさみしいわね、耐え忍ぶ日々が続くから。
だから沢山採れた時には、それを干したり、瓶詰にして保存食を作るのよ。
あと、最近は罠を仕掛けて小動物も狩るわ。
めったに掛からないけれど、ウサギがかかれば最高ね。
まあその肉を売ったり加工品にする時もあるから、口に入る事はたまに有るぐらいだけれど。
でもこの間、猟師さんに毛皮の加工の仕方も教えてもらったから、今度それをマフにして売ってみようと思うの。
などと思いは尽きないが、アレクシス様に自慢できないのが残念だ。
こんな事、普通の貴族のご令嬢はやらないからなぁ。
「何を考えていらっしゃるのですか?お顔が生き生きなさっている。ほんの少しでいいから教えていただけませんか?」
その期待に満ちた目を見ると、嫌ですとは言えないよ。
「あの…さんさ…お野菜の料理が得意です……。スープとか………」
別名、我が家特製の山菜のごった煮という。
「そうですか、今度私もご相伴にあずからせていただけないでしょうか?」
ん~~多分そんな機会は無いだろうなぁ。
庭でお茶をいただいている時も、とにかく私は余計な事を言わず、ずっと下を向いたままだった。
そんな私に、アレクシス様はさらに勘違いを重ねる。
「どうやらあなたは、ずいぶんと恥ずかしがり屋さんのようだ。だいぶ冷えてきましたね。お話はまたの機会にいたしましょうか?」
そう言って立上り、そっと私に手を差し出した。
先ほどの傷一つない美しい手だ。
「もしよろしければ、庭を案内しながら戻りましょうか?」
そりゃ拷問かい!
私は目線を外したままフルフルと首を振る。
「残念です………。しかし恥ずかしがり屋のあなたなら仕方あれませんね」
そうして私達は屋敷に向かう。
途中アレクシス様は何を思ったか徐に立ち止まり、近くの花壇から花を摘み、そっと私の髪にさした。
これは………マーガレットか?
「よくお似合いです」
なぜ私にこんな真似をして、歯が浮くようなセリフを言ったりするのだ?
そうか、好きでもない相手に気を使わなければならないなど、紳士のマナーというのは思いのほか大変なんだね。
私たちが戻ると、残っていた人たちにいきなり注目された。
いったい何を話していたのだろう?
それぞれほっと胸を撫で下ろした様子が見え見えだった。
テーブルには食事の用意が整っており、どうやら私たちの帰りを待っていたようだ。
しかしこの量は一体なんだ!?
出席者の倍は賄えそうな量の上、見た事も無い、おいしそうな料理が並んでいた。
それを見て、私はとことん食ってやると意気込んだが、実際は一人前の3分の1も食べれなかった。
無念だ………。
そして食事を終えた我々は、足早にお城を辞する事にした。
あの料理を残す事はめちゃくちゃ心残りだったよ、お持ち帰りしたかった~~。
〈その後〉
【ガルティア家】
「で、どうだったの?どうしてアレクシス様はあなたの事を気に入って下さったの?」
「人違いだったみたい」
「やっぱり…でもお話はしたんでしょ?」
「自己紹介程度かな?あと眼鏡を外された」
「えっ?そ、それで!?」
母様、そんなにワクワクしても無駄だぞ。
「あきれられたみたい、ため息ついてたし」
「…………そう」
そしてその後すぐに家族の会話は終了した。
しかし殿下の言っていたことが気に掛かる。
あれではまるで、私が殿下のケガを治したと思い込んでいるみたいだ。
殿下の勘違いも困ったものだ。
【王家】
「さて、この縁談どうやって断るかだな」
「何せ、こちらから言い出した話ですから、何とか誠意を示すしかありませんね」
「あら、いい娘さんではありませんか」
「お母様、またそんな事を言って……」
「駄目よ、あんな薄汚い人なんて、お兄様には似合わないわ」
「ちょっと待ってくれ、どうして皆この話をつぶす気なんだ?ようやく彼女に会う事が出来たのに」
「なに?本当にあの人なのか?お前の出会った運命の恋人というのは」
「間違いない彼女です。今は少し変わってしまっていたが、確かに彼女でした。しかし、彼女は何故ああも変わってしまったのだろう……?」
「それは確か……グランタール家の前男爵が、借金の肩代わりして、未だにその返済に追われていると聞いたな」
「かわいそうに、私がこの国に残ってさえいれば、何とか力になれただろうに」
そう言い、アレクシスはこぶしを握り締めた。
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