五月十四日

 隆一くんが突然、本格的なカレーが食べたい、と言い出して、ぼくはスパイスのおつかいに行かされた。

 五月の半ばにもなると、駅の裏の輸入食料品店まで十五分ほどの道のりを歩いただけでも少し汗ばむほどの陽気だ。薄暗い店内に入れば、どことなくエキゾチックな匂いが漂っている。クミンとカルダモンの小瓶を棚から選び取ってレジカウンターへ持っていくと、店主らしき老人が奥から出てきて会計をしてくれた。男か女かもよくわからないその人は、二つの小瓶を袋にも詰めずぼくの手に乗せ、またすぐに奥へ引っ込んでいった。

 せっかく駅のほうまで来たのだからと帰りがてらスーパーマーケットに寄ってみると、果物のコーナーに今年初めてのさくらんぼを見つけた。あまり無駄遣いができるような家計ではないとわかっていてもやっぱりついつい買ってしまう。

 外へ出るともう西の空はだいぶ赤く染まっていた。明日も晴れだと思うと少し嬉しくなる。

 家の前まで帰ってきたところで、見覚えのある二つ結びの女の子を見かけた。春に会ったときとは違って、近所の中学校の制服を着ている。

「また会ったね。えっと、そうだ、ルミちゃん。だったよね?」

 人違いだったら申し訳ないな、と思ったけれど、彼女は照れたように何度も頷いて「はい」と答えた。

「学校帰り? 遅くまで大変だね。お疲れさま。」

 少し日焼けしている彼女は大きな荷物を提げていて、すごい荷物だね、と言うと、全然そんな全然ですと赤面する。人見知りな子なんだなあと微笑ましく思った。

 そのときちょうど街頭のスピーカーから子供たちに帰宅を促す放送が流れ出したのが聞こえた。

「じゃあ、気をつけて帰ってね。バイバイ。」

 笑顔で手を振って彼女と別れ、家のドアを開けた。鍵をかける音ですぐ台所から隆一くんが顔を出し「おかえり」と迎えてくれる。

「ただいま。ねえ、さくらんぼ、あったから買っちゃった。」

「そう。まだ酸っぱいんじゃないの。」

「えーっ。あとで食べない?」

 隆一くんはぼくの顔を見てわずかに笑い、食べるよ、と言った。

 財布を置こうと部屋に入ると、窓辺に並ぶ中でもひときわ大きなキャンバスに新しく色がついていた。まだなにを描いているかはわからないけれど、どことなく落ち着くような、やわらかい色だった。

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