9月、10月、11月

 そのあと、家に帰ってからお父さんが古い写真を見せてくれた。それにはお父さんとカツラギさんとユキヒロさんが写ってて、ユキヒロさんの顔はヒゲがなくて若くてやっぱりすごいかっこよくて、でも全然嬉しくなかった。写真なんか見たせいでほんとにユキヒロさんは与野井さんじゃないんだってことが確かになっちゃったのが嫌で、本当に嫌で、だってどういうこと? だって、それって、嘘つかれてたとかじゃないけど、でも本当のこと言ってもらえてなかったってことで、それってユキヒロさんにとってわたしって結局そんなぐらい興味ない相手ってことで、だからそれがもうなんかすごい悲しい。だってわたしが最初に与野井さんって呼んだとき違うって言ってくれればよかったじゃん。そうしなかったのってわたしが別にわざわざちゃんと名前教える必要ないどうでもいいただの近所の子供だからじゃん。

 桂木行宏、って、いうんだって、お父さんが教えてくれた。どんな字で書くんだろとか気になってたのになんか知っちゃうとへえそうなんだくらいにしか思えなくなっちゃった自分が嫌い。勝手に好きになっといてなんとも思われてないからって勝手に悲しくなってる自分が嫌い。

 でも行宏さんのこと好きじゃなくなったのかっていったらそんなことないし、どうしたらいいのか全然わかんない。涙も別に出ない。前は行宏さんとちょっと話しただけでも嬉しすぎてすぐ泣いちゃってたのに、今はこんなに悲しくても全然、全然なんにも出てこない。なんにもない。なんにも。

 何日もあんまり寝れなかった。学校でみいちゃんと喋ってても全然笑えてなくって、たぶんみいちゃんもなんとなくわかっちゃったみたいで、行宏さんの話はしないでくれてた。

 暗くなるのがだんだん早くなって、制服も冬服になって、文化祭の準備でクラスがちょっとだけピリピリして、でも文化祭本番が成功したから仲直りして、あとはみいちゃんと一緒にいろんなクラス見てまわったりして、それは本当にすごい楽しかった。でも行宏さんのことは忘れられなかった。忘れたかったんじゃないと思うけど、でも、忘れたほうがよかったのかもしれない。

 わたしは行宏さんの家がある方向を避けて毎日学校に行った。前はあんなにどきどきして楽しみだったのに、あのアパートの前の道を通るのがもうなんか怖かった。それってたぶん行宏さんの彼女を見ちゃうのが怖いってことなんだけど、そんな、行宏さんの彼女なんて、そんなの考えるのも嫌だった。

 季節はどんどん秋から冬になって寒くなって、下校のときなんか真っ暗で風がすごい冷たいからみいちゃんとくっついて歩いてきゃあきゃあ言って楽しかった。けど、みいちゃんと一緒にいるときが楽しいと、そのぶんひとりになるのが嫌になっちゃって、みいちゃんと別れたところから少しも動きたくなくなったりして、でも帰んなきゃって暗い道をむりやり足を引きずって歩いた。

 行宏さんに会いたくない。でも会いたい。でも会いたくない。知りたくない。見たくない。でも会いたい。

 なんか、ずっと苦しい気がしてる。

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