9月9日
久しぶりにお母さんとお父さんと三人で出かけた。五駅先のデパートで買い物して、お昼はそこのレストラン街でハンバーグを食べた。
それで二時くらいに最寄り駅まで帰ってきたんだけど、駅前でスーパーの袋持ったユキヒロさんとすれ違っちゃった! わ、わ、って、ユキヒロさんはこっちに気づいてないみたいだったけど、なんかすれ違ったってだけですごい嬉しい。でもお母さんとお父さんには気づかれないように、って必死でなんでもない顔してたら、しばらく歩いたとこでお父さんが急に「あ」って言って、どうしたの? ってお母さんが言った。
「さっき駅前でヒゲの男の子見かけただろう、あれ、たぶん知り合いの弟だなあ」
えっ!? って息が止まるくらいびっくりした。だってそれユキヒロさんだもん、絶対。まわりに他のヒゲの人なんかいなかった。
知り合いって誰、って、普通のふりして言ったけど、ちゃんといつもの声に聞こえるかなって、震えてないかなって不安だった。ユキヒロさんと知り合いだってこととか、好きだってこととか、そんなの絶対知られたくなかった。
「大学の後輩だよ。カツラギってやつでさ、二人弟がいるんだけど、たぶんさっきの、下の弟だと思うんだよね。名前、なんてったっけなあ」
さっきのびっくりが『息が止まるくらい』なら、今度は本当に息が止まった。なにそれ? カツラギってなに? 誰? じゃあそれ、ユキヒロさんのことじゃないんだ、だってユキヒロさんは与野井さんだもん。
でもお父さんは「あ、思い出した」って、「ユキヒロだ」って言った。
全然なんにもわかんなかった。だって、カツラギなんて、なにそれ? 与野井って表札の家に住んでるのに、それに、それに、いっつも与野井さんって呼んで、ユキヒロさんだって、そうだよ、ユキヒロさんだって自分がカツラギだなんて一回も言わなかったのに。
「このへんに住んでたのか。知らなかったなあ」
「カツラギさんって、毎年年賀状くださるカツラギさん?」
お父さんとお母さんがなんか話してたけど、もう全然聞いてなかった。嘘だ、って、絶対なんか間違ってるんだ、って思おうとした。でも、ユキヒロさんが与野井さんじゃないんなら、じゃああの表札の与野井って誰?
もしかして彼女?
あ、そっか、って、ありえないくらい冷静に、すとんって納得した。彼女なんだ、たぶん。でもそれって、考えないようにしてただけで、たぶん最初っからわかってたことで、なのに、なんでこんなに、なにがこんなに悲しいんだろ?
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