8月31日

 でも一回もユキヒロさんと会えないままもう夏休み最終日。最悪、って、別に夏休みが楽しくなかったわけじゃないけど、でもやっぱり会いたかったし、でも……ってなんか悲しいようなムカつくような、複雑な気持ち。

 夏休みはほとんど毎日みいちゃんと一緒に遊んだ。夏祭りに行って、花火大会に行って、プールに行って、ちゃんと課題もみいちゃんの家でやったりわたしの家でやったり、それは当然すごい楽しかった。毎年のことだけど、日焼け止めとかもちゃんと塗ってたはずなのに気づいたら真っ黒になってたりした。みいちゃんは真っ赤になってて、お風呂に入るとすごい痛いってブツブツ言ってた。

 それで最後の日なんだけど、どうしても諦めきれなくてユキヒロさんの家行ってみようって、駅前の本屋さん行ってくるってお母さんに言って、かわいい白のワンピースとか着てみたりして、それで出かけた。

 すごい晴れた日。会えなかったらすぐ帰ろって思ってたけど、会えた! ちょうど家に帰ってきたっぽいとこに会って、びっくりして「あっ」て言っちゃった。

「留美ちゃん。久しぶり」

「あ、あの、はい、お、お久しぶりです」

 ユキヒロさんは、暑いね、って言いながら日陰でわたしと並んで立ち止まってくれた。うわ、うわ、ってもうパニックで、背中とかすごい汗かいてるし、ユキヒロさんは笑顔だし、あーもうかっこいい!

「そういえば、夏休みは楽しかった?」

「は、はい! 楽しかったです」

「海とか行ったのかな、プールとか」

「はい、あの、プールに行きました」

 うわあ、今、ユキヒロさんと喋ってる! なんかもうはしゃいじゃって、夏休みの思い出とかすごい話しちゃった。

「あっ、その、えっと……あの」

「うん、なに?」

 ユキヒロさん、って呼んじゃおうかな、って、でもなんか恥ずかしいっていうか、口が動いてくれない。

「ユ……与野井さんは、その、あっ、どこか……行きましたか? あの、旅行とか……」

 あー! 呼べない! 呼べるわけない! だいたいそんな、なんで知ってるんだろって変に思われちゃったりしたらやだし、なんか、もう、全然なんにもうまくいかない!

「ああ……うーん、今年は行かなかったなあ」

「あ、そうなん……ですね」

 ほらもうダメ。話も盛り上がんないし、ユキヒロさんに絶対気まずいって思われちゃってる。

「じゃ、そろそろ。留美ちゃんは明日から学校かな、がんばってね」

「あっ、は、はい! ありがとうございます、えっと、……さようなら」

 なんとかおじぎはしたけど、もうやだ、逃げるみたいに信号渡っちゃった。駅のほうに走りながら、なんか涙が出てる。うまく喋れなさすぎてほんと自分が嫌い。ばかなんじゃないの、って、痛いぐらい手を握って、声を出さないでちょっと泣いた。

 でもさっきユキヒロさんが言ってくれたことを思い出してみたら、とりあえず自分のダメさはまあいいかってなるくらい、ユキヒロさんが好きって気持ちが膨らんできた。まずわたしのことしっかり覚えててくれたし、夏休み楽しかった? とか、学校がんばってとか、優しすぎる。だって普通、全然興味ない子供にそんな優しくする? いや、わたしの考えすぎなのはわかってるけど、でもちょっと可能性あるって思ったっていいじゃん! みいちゃんに言ったらたぶん、そうだそうだ! って言ってくれるはず。

 暑い。よーし、帰ろ、って涙を拭いて、家のほうに向かって歩き出す。明日学校でみいちゃんに会ったら今日のこと話しちゃお、って、もう気分もいい感じ。夏休み、最高だった!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る