5月14日

 それを新学期、同じ中学校に進学したみいちゃんに話したら大はしゃぎだったけど、その人はヒゲが生えてるのって言ったらすぐ、おじさんだあ、ってけらけら笑った。かっこいいからいいんだもん、って言ってもまだ笑ってた。

 どんなにみいちゃんに笑われてもわたしはずっと与野井さんのことが気になって、また会えたらいいなあってわざわざ遠回りしてアパートの前を通って毎日下校した。でも全然会えなくて、引っ越しちゃったのかなって表札を覗いてみても『与野井』のままだから、なんでいないんだろってちょっとイライラしちゃったりして、それから少し落ち込んだりして、それで四月が終わった。

 そしたら五月だった。五月の、体育祭の練習で夕方まで学校に残ってた日。その日はリレーでちょっと転んじゃって膝が痛くって、でもまっすぐ帰らないでアパートの前まで行ったとき、与野井さんに会った。

 薄い青のポロシャツを着て、右手に駅前のスーパーの袋を持って、ちょうどアパートに入ろうとしてるところ。わたしを見て、あれっ、みたいな顔になった。

「また会ったね。えっと、そうだ、留美ちゃん。だったよね?」

 覚えてくれてた! それが嬉しすぎて、何回もうなずいてからじゃないと「はい」って言えなかった。

「学校帰り? 遅くまで大変だね。お疲れさま」

 与野井さんはわたしの右肩の体育着袋を見て、すごい荷物だね、って笑った。全然、そんな、全然です、なんてわあわあ手を振って言って、すごい顔じゅう熱くなってるのがわかった。日焼けした首の後ろと同じ熱さだった。

「じゃあ、気をつけて帰ってね。バイバイ」

 与野井さんはずっとにこにこした顔のまま、そうやって言って部屋に入っていった。スカートもうちょっと短くしとけばよかったとか、髪の毛結び直しとけばよかったとか、そのときになってからやっと気づいた。けどそんなのどうでもいいくらい、与野井さんがわたしを覚えてて、お疲れさまとか、気をつけてとか言ってくれたのでいっぱいで、もう泣きそうだった。

 ふわふわ歩いて家に帰った。お母さんに、膝どうしちゃったの、って聞かれるまで、転んでケガしてたのも忘れてたくらい、寝るまでずっと気分がふわふわだった。

 でも笑われるから、次の日みいちゃんには言わなかった。

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