第20話・届かない覚悟
エルト小国の中心部に有る交易と美食の街グラントに拠点を構える傭兵ギルドに所属するジルはベテランの傭兵隊長で有り、天職は軽戦士でした。
剣士が剣のみを頼りに斬りかかるのに対し、軽戦士は小さな盾を構えて防御をしつつ攻撃をします。
兜の面頬を下ろし、左手の盾を前に突き出し、右手の業物のロングソードを斜め後ろに構えてジルは盗賊達に吠えました。
「さあ、かかってこい!!」 (これでいい)
「バカめ、わざわざお前の土俵に上がる必要も無いんだよ!てめぇら!一斉に矢を放て!」
「「へい!」」
ジルの戦闘態勢を見た赤狼団のゼノアは、ジルが容易に倒せる相手では無いと見てとり、団員達に弓矢での遠距離攻撃を指示しました。
アリシア達がジル達を弓矢で支援していた時に盗賊達が弓矢を使わなかったのは単純に味方への誤射が有るからです。
ビュン! トス! 「ふん!こんなへなちょこな矢が効くかよ!」ビュンッ! パキッ! ビュンッ! ビュンッ! パキッ! パキッ!
ジルは飛んで来た矢を見極め、危なげなく剣で凪払いつつ盾で受けます。
「おー、おー、まだまだ余裕じゃねぇか?ほらほら次々と射ってやんなー。ふはははははは!」
「へい!」
「おうよ!」
「これでも喰らいな!」
ビュン! ビュン! ビュン! トス! プシュ! トス! 「ぐあ!?」
しかし、盗賊達の下っ端の数人掛かりで放たれた矢が飛来し、ジルも左手の盾を構え、右手の剣で遅い矢は受けていたのですが、悪い事は重なる事で僅かに空いた左の脇腹の鎧の隙間に盗賊が射たヘナヘナの矢が刺ささってしまいました。
そして、更に追い打ち。
「おらおら!野郎共!奴を休ませんなよ!」
「へい!」
「喰らえ!」
ビュン! ビュン! トス! プシュ! 「ぐおっ!?」
勢いに乗る盗賊達、更に追加で腹を矢で刺されてしまい、ガードが下がった盾の上を掠めて左肩に矢が突き刺ささります。
矢の当たり処が悪く、ジルの左肩の骨で止まった矢は、それまでのジルの盾による巧みな防御を妨げる事となりました。
徐々に劣勢となるジルには焦りが見えますが。
「グオォ~! まだまだぁ~!」 (くそ、左手が動かん!)
「ほらほら!隙が出来てんぞ傭兵!休ませんな野郎共!」
「おうよ!」
「喰らいな!」
ビュン! ビュン! ビュン! トス! プシュ! トス!
ゼノアの号令により、盗賊達から次々と矢が放たれます。
ヒュン! 「くっ!?」
ジルは肩の痛みで普段よりも更に冷静になり、長剣を振って盗賊達を牽制、別の盗賊が牽制された盗賊の死角からショートソードを突いてきますが、それを冷静に対処して業物のロングソードを一閃しました。
ヒュン! 「グギャ……」
間合いに近付き過ぎた盗賊をバッサリと袈裟斬りにし、更に返す剣で首を逆袈裟に切り上げてトドメの一撃を加えます。
ブシュッ! 「ぎゃああああ!」
ジルの剣をまともに受けた盗賊が一人、また一人と倒れていきました。
「てめぇ!ざけんな!」
ヒュン! 「ふん!」
ドス! 「ぐばぁ」パタン
倒された盗賊の脇から更に別の盗賊が小剣を突いてきたので、それにあわせて長剣を真っ直ぐ突き刺します。
何の技巧もない直線的な突きでしたが偶然タイミングが合い、また一人の盗賊の頭を突き刺し倒しました。
ブシュッ!「ぐぎゃっ」
盗賊達は再度ジルの周りを取り囲み、弓を使ってジルの足や腹を射ぬきましたが、手負いの獣となったジルは凄まじく、熟達した傭兵の技で間合いに入った憐れな盗賊二人を瞬く間に倒します。
「ええい! なにしてやがる! 囲め! 囲んで間合いに入るな!」 (馬鹿共が!なにしてんだ!)
「「へい!!」」
盗賊の頭ゼノアが部下にジルを囲みつつ間合いの外から弄るように命じました。
格上のジルとの戦いは盗賊達にとっても恐怖でしたが数の暴力、質よりも量で格上の傭兵のジルを徐々に追い詰めていきます。
キィン!と突出してきた盗賊の小剣を剣で弾き、キィン!と更に別の盗賊の小剣を剣で弾き、その反動を利用して半回転して最初の盗賊の首を叩き斬りました。
ビュンッ! ブシュッ! 「オラァ!」
(身体よ動け!もう少し、もう少しだけ時間を稼がねば…)
「ぐぬぬぬ……」ボキッ
手負いのジルは左肩に刺さった矢を折り、再度アリシアのポーションをあおり、かろうじて動く右腕の剣を振り回して強引かつ、やや相討ち気味に盗賊を倒していきます。
キィン! スパッ! 「くう!?」
前に出た盗賊の小剣を弾いた瞬間、別の盗賊に右腕を浅く斬られましたが、次々と襲い来る盗賊達の剣をベテランの傭兵で有るジルは勘と経験で捌いていきました。
プシュッ! 「うっ」(まだだ、まだ…)
ですが、ジルの決死の闘いもそこまでです。
多勢に無勢、細かな傷の数々と既に血を流し過ぎて意識朦朧となった瀕死のジルは周囲を盗賊達に完全に取り囲まれてしまいました。
「ちっ、俺の人生も短いもんだな。最期に故郷の仲間達の為に役立つなら悪くもない人生か」
(時間は稼いだ。オルソン、パスカル、アリシアよ。後は頼むぞ)
そして、周囲から一斉に襲い掛かる盗賊達の剣に身体中を切り裂かれて血を失い、体力も尽き、意識が途切れそうになります。
もう少し盗賊達を道連れにしたかったのですが、どうやら血を流しすぎたジルは剣を地面に刺し、立っているのがやっとでした。
「ブハハハハハハ! お前、グラントの傭兵ギルドのジルとかいったか? なあ、俺達がここにいる人数だけだとおもったか?」
「何!? どういう事だ!」 (ま、まさか!?)
赤狼団の盗賊頭のゼノアの言葉を聞いて意識朦朧としていた瀕死のジルは眼を見開きます。
(まさか……既に伏兵が?)
「ひゃはははは! とっくに南門も攻めてるに決まってるだろ! さあ、殺れ!」 (ぎゃはは!)
「おら!」
「くたばれ!」
「ヒャハハハハ!」
「貴様らぁがぁぁぁぁぁ~~~!!!」 (すまん、みんな…すまん)
ドス! ドス! ドス! プシュッ、プシュッ……「ぐむ……まだまだぁぁぁ~~~!」
ヒュン! スカッ……「あ? そんな剣が効くかよ。ひゃはははは!」
身体中に剣を刺され、嘲笑う盗賊の頭ゼノアに向かって最期の力を振り絞ったジルの一撃は一歩届かず宙を斬りました。
「ふん! 雑魚が! さっさとくたばれや!」 ザシュ!
盗賊頭はジルの最期の一撃を余裕で避け、剣を振り抜き、胸元ががら空きとなったジルを鎧ごと斜めに切り裂きました。
最期の力を振り絞ったジルの身体から力が抜けていきます。
「ぐぅ、ここ、まで、か」 (すまない。後は)ドサッ……
そして、深い絶望を感じながら苦悶の表情を浮かべつつベテラン傭兵のジルは、その短い生涯に幕を閉じたのでした。
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