第19話・ジルを残して


「くそ……矢がきれた!」

「私もですパスカルさん!」


 そもそもの話、狩人達が持つ矢の総数はそう多くはない。


 狩人は罠を仕掛け、軽装で高所から獲物を狙うスタイルで有り、そのフットワークを軽くする為の性質上、矢は持っていても十本前後で有り、その矢尻にする獣の牙や鉄は名も無い小さな村の中ではあまり生産出来ず、そこそこに貴重な物なのです。


 熟練の狩人で有るバスカルは盗賊を殺す為に一撃必中を心掛けて身体の中心に近い致命傷を狙いますが、パスカルよりも弓矢の扱いが遥かに巧い筈のアリシアは、普段はモンスターには容赦無しの一撃必中の攻撃を繰り出し、全身が血だらけになる位に解体するのが楽しみなサイコパスっぷりですが、今回は人間を相手にするのが初めてなので命を奪うような致命傷を避けて手足への弓射に終始してしまいました。


 その結果、盗賊の半分ほどを倒した段階で矢が尽きてしまいました。


 自宅に帰れば予備の矢自体は少しは有りますが、アリシアとパスカルの住居は村の外れの南東部に有り、北門での闘いの最中に矢を取りに行く余裕は無さそうです。


「ふはははははは! 奴等は矢が切れたようだな! 囲め囲め!!」

「「へい!!」」ガチャガチャ……


(ちっ、どんくさい子分達が…)


「ジルさん、オルソンさん、矢が尽きました! もう私達は二人を遠距離から援護が出来ません! とりあえず、門の中に下がって下さい!」


「いや、ここは俺が死守する!先にパスカルとアリシアは下がれ!オルソン、お前もだ!」

「え!? ジルの兄貴? 俺もか?」

「ジルさん!私達はまだ闘えます!」

「そうだな……まだ俺には鉈がある」


 盗賊の残りは見える範囲で続々と増えて十人強、まだまだベテランの傭兵隊長で有るジルが相手をするにも手に余る人数で有りましたが、アリシアとバスカルの遠距離からの弓射での支援が完全に途切れてしまいました。


「いや、ダメだ!みんな下がれ!下がるんだ!」


 矢が尽きたアリシアとパスカルの二人は苦虫を噛み潰したような顔で屋根を下り、弓を肩にたすき掛けし、バスカルは狩猟用の鉈を構え、アリシアはバックからナイフを取り出します。


 ですが、それを見たジルはみんなを南門に下がらせる道を選びました。


 パスカルが全員での後退を叫ぶ中、盗賊達はジルとオルソンへの囲みをジリジリと狭めます。


「ひゃはははは!死ねぇ!」 ブォン!

キィン! 「くっ、コイツら!」


「ジルさん! オルソンさん! 二人も下がって下さい!」

「ジルの兄貴! オルソン! 早く下がるんだ!」


 パスカルと、アリシアが同時に叫びます。


 ぼろぼろの装備を纏った盗賊の一人が草臥れたロングソードでジルに斬りかかりました。


「ぎゃははははは!喰らえ」ヒュン!ブシュッ!「ぐおっ!」


 咄嗟にかわしたジルでしたが、かわしきれずに魔物由来の硬い革鎧の継ぎ目の肩辺りに浅い傷を負います。


 更に足元近くの死角となる位置からは背の低い小太りの盗賊が身を低くしてジルの足を狙って攻撃しました。


「こっちもいるんだぜ!」「ひゃはははは!おらよ!」

ヒュン! ヒュン! ブシュッ! 「うぐぁ」


 盗賊二人の連携攻撃、またもや浅く装甲の薄い太腿を斬られてしまうジル。


「ヒャハハハハ!お前も死ねぇ!」 ズバン! 「ぐおっ!?」


 それと同時にジルと分断され、盗賊達に囲まれたオルソンも浅い切り傷を全身に負います。


「くうぅ、オルソン、下がれ!」

「だが、下がれば村のみんなが!」


 ジルとオルソンは火傷と切り傷の痛みを押し殺してアリシア特製のそこそこのランクのポーションをグイッと飲みました。


「黙って下がれオルソン!兄貴分の言う事は黙って聞くんだ!」


 傭兵で軽鎧を装備するジルの傷は浅く少ないのですが、本来は斧使いの天職を持ち、木を切り倒すだけで戦いの素人であるオルソンの方が傷は多く、そして深いものです。


「ぐぅ、ジルの兄貴、怪我は大丈夫なのか?」


「アリシアのポーションが有るから問題ない。ここは俺が足止めする!お前等は村長の家に行って南の門からエレノの町に逃げろ!早く行け!」(ほら、早く行けよ!)


 精一杯の虚勢を張って盗賊から負った傷など何でも無いかの如く振る舞うジルでしたが、その全身の傷はけして軽いものでもなかったのです。


「ジルの兄貴!あんたはどうなる!」

「ジルさん!一緒に逃げましょう!」

「兄貴……」


 口々にジルの心配をするアリシア、オルソン、パスカルでしたがジルの態度は変わらず、3人に笑顔で応えます。


「心配するな!俺もベテランの傭兵隊長だ!時間を稼いでからトンズラするさ」 


 それは覚悟を決めた漢の顔でした。


「何、俺の装備なら少しは時間が稼げるさ。ほら、みんな先に行けよ」(ほら、とっとと先に行け!)


 覚悟を決めたジルは悲しそうに兄貴分の自分の背中を見るオルソン達に目配せをしました。


 ジルは死んでも盗賊を通すつもりがない、つまり、覚悟を決めて最後まで敵を討って門を守る。


 そういう決意なのです。


「分かった兄貴! パスカル、アリシアも下がるぞ!」(すまないジルの兄貴)

「オルソンさん! ジルおじさんはどうなるの?」

(もしかしたら、違うよね?)

「アリシア…今は下がるんだ。俺達は村の人間をエレノの町に逃がさないといけないんだよ」

(すまないジル兄…)


 オルソン達の非情とも思える決断と人間を殺す事には躊躇いが有り、全力を出す事が出来ないアリシアはジルを置いて逃げるしかありませんでした。


「パスカルさん!」

「アリシア、今はジルの兄貴の行為を無駄にするな! 分かるな?」


「ジルさん」


「お前達! 何をしている! 早く行かんか!」 (俺が時間を稼ぐ!早く行け!)

「分かりました。エレノで待ってますから!」

「ああ、エレノで会おう!行け!!」


 ジルはアリシアの特製ポーションをさらに一本グイっと飲み、焼け落ちる北門の前で仁王立ちします。


 アリシアの特製ポーションの効果で細かな切り傷が徐々に塞がり治っていきますが、大きな傷から失った血と体力は戻る事はありません。


 アリシア達が立ち去るのを見てベテラン傭兵のジルは剣と盾を構えて盗賊を見据えました。


ガチャン……「俺はグラント傭兵ギルド直属ファルコン部隊所属、第3隊長ジル!死にたい奴から掛かって来い!」


 アリシア、オルソン、パスカルが走り去って行くのを見ながら焼け落ちつつある名もない村の北門の前ではベテラン傭兵のジルが左の盾を前に構え、剣を少し後ろに下げるような姿勢で盗賊達を睨み付けていました。





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