第9話・修行の終わり


「アニスせんせ~!」

「どうしたのアリシア?」

「おにくをたくさんてにいれました~!」

「まあ、また森に行ってきたの? 無理をしてはいけませんよ」

「あーい!」

「あら? これは?」

「ホーンラビットのおにくなのです!」

「え? あの危険な大ウサギの?」

「あーい! これは、つのです!」

「あら?本当だわ。でも、あまり無理をしてはいけませんよアリシア」

「あーい!」


 この頃、小さなアリシアは村でも優秀な狩人で薬師と認識され始めましたが、その知識や能力をどこで手に入れたかは全くの謎であり、村人には本人からの説明は一切されませんでした。


 毎日ホーンラビットやビックラットを大量に狩っては解体して素材を得る事により、少しずつ魔物の体内に内包されるプラナが放出、浸透してアリシアのプラナやマナの強度や身体的なレベルや各種能力やスキルは確実に伸びていきます。


 大陸歴千百七十五年秋、老人との出会いから三年ほどが経ち、小さなアリシアが六歳になる頃には師匠は狩りや魔法、各種技能に関しては特に教える事も無くなってしまいました。


「うーむ、お主は才能が有り余っとるようじゃわい。これは……もしかするとイケるかもしれんの。アリシア、わしが編み出した武術でも覚えてみるか?」

「あい!師匠」

「よし、わしが直々に武術を人に教えるのは久しぶりじゃの。頑張って覚えるのじゃ!」

「あい!師匠!」


 しかし才能がまだまだ伸び盛りのアリシアに対し、ものは試しと自らが編み出した難易度が非常に高い体術や剣術、槍術などを仕込んでみましたが、天才で努力家のアリシアはその全てをたった一年でモノにしてしまいます。


「まさか……本当にわしの編み出した武術をたった一年で覚えてしまうか。有り得ぬ奴よの。良く頑張ったぞアリシア」

「師匠!ありがとうございます!」

「ぶわっはっはーーーー! 愉快、愉快じゃ! お主の器は大きい。有り得ぬ程にな」

「そうでしょうか?」

「うむ、その器は未だに成長しておる。もっと研鑽を積み、いつかわしを越えてみせよ!」

「はい!師匠」


 小さなアリシアの能力に関して云えば、肉体的には未だ伸び代が有りますが肉体的な成長がまだまだ発展途上で有り、魔法に関しても未だに伸び代の先が見えませんでした。


 しかし、アリシアは幼いながらも既に完成した大きな器を持っているようです。


 あとはその器を更に大きく強くして更なる研鑽を積み、大量の経験と知識と技術で満たすだけとなりました。


 そして、アリシアは師匠の神の如く多種多様な知識と技術を真綿の如く吸収し、その才能で以て薬師や医術の心得まで手に入れ、名も無き小さな村に無くてはならない存在に成長します。


「いつもありがとうねアリシアちゃん」

「エルさん、腰が痛くなったら何時でも言って下さいね!」

「ありがとうね。今日は私の作った美味しい干し芋をご馳走するわ」

「ありがとうございます!だったら私も森で美味しい肉を調達してきますね!」

「あらあら、アリシアちゃんも無理しないでね」

「はい!美味しい干し芋とお肉で今日は宴会ですね!」

「お?今日は宴会か?」

「おーい!みんなーー!!今日は宴会だぞーーーー!!!」

「頼むぜアリシアちゃん!」

「はい!頑張ります!」


 しかしこの頃、師匠はアリシアの才能と成長を喜ぶと共に近い未来の自らの人生の終焉を予感していました。


「師匠! お呼びでしょうか?」

「ふむ……弟子よ、わしの命運はそろそろ終いかの。その前に……この力、余す事無く最後の弟子に分け与えるとするか。アリシアよ、我が力を受け継いでくれぬか?」

「師匠! まだまだ教えて欲しい事が山と有ります! 命運が尽きたような事を言わないで下さい」

「ぶわっはっはーーーー! お主には教えれる事は粗方教えたわい。もう修行は終わりじゃの。最後の仕上げじゃ! わしの力を継いでくれアリシア」

「師匠……」


 大陸歴千百七十六年冬、師匠とアリシアの出会いから四年が経ち、アリシアが七歳の誕生日を迎える頃、師とする老人は急速に衰えていく自らの力と身体を鑑みて己の死を悟り、修行の終わりをアリシアに告げると、修行の仕上げとして自らの全ての能力を継承する事としました。


 そして能力継承の儀式は速やかに行われます。


「アリシアよ……お主にわしの全てを継承しよう!プラナ全解放!マナ全解放!わしの全てをくれてやる!」


ズドドドドドドドドドドド!!!「アキャーーーーーーーーーー!!!」


 そして、アリシアは師匠の過去を全て知りました。


「ここは……」

「アリシアよ……あれが見えるか?」


 隣に漆黒の鎧を纏った男が現れます。


「えーと……貴方は師匠?」

「そうだよ。若かりし頃の俺だ」


 それはアリシアの師匠の全盛期の姿であり、目の前には整然と並んでいる箱のような形の建物が並ぶ町が見えました。


「あれは?」

「あれは俺が住んでいた世界だよ」


「師匠の?」

「ああ、地球だ」


 師匠が指差すとアリシアの前には青く丸い球体と星々があらわれます。


「地球?」

「今から俺の全てを伝えるぞ」


 師匠は異界、地球の出身でした。


 中学校の登校時に次元の狭間に落ち、リアナの新しき神と呼ばれる存在達と邂逅し、この巨大なリアナ大陸の南方に浮かぶ魔王領であるサハル島に新たな生を得て力を貯め、数々の仲間を得て戦乱期のリアナ大陸を平定するに至ります。


「師匠は異界人だったのですね」

「ああ、そうだ」

「そして、名も無き伝説の覇王様?」

「そうだね。あれが見えるかアリシア」

「あれは師匠の若かりし日々なのですね」

「そうだ。それも新しき邪悪な神々に全てを奪われてしまったがな」

「師匠」


 しかしながら、リアナ大陸の戦乱の世を終焉に導いた英雄たる覇王の彼に対する神々の仕打ちはあり得ない非情なものでした。


 成長し、人間の身には強すぎる力を持つ師匠は悪神達にとって危険な存在と見なされ、妻の妊娠と男児であると看破し喜びでハルトと名付けた瞬間の隙を突かれてリアナ大陸の東の果てのエリアナ半島に有る、エルト小国の最果ての魔物の棲む森に幽閉され、神々の力で隔離されてしまったのです。


「師匠……これは!?」

「ああ、新しき邪悪な神って奴は最悪だぞ?」

「あの邪悪な神々の力で師匠は魔物の棲む森ルシオンの地に幽閉されていたのですね?」

「ああ、かれこれ二十数年ほどかな……統一王国に残した妻と子には最後まで会えなかったよ」

「師匠」

「だがな、俺は満足だよ……最後の最後で最高の弟子を育てれたしな」


 幽閉され、隔離された魔物の棲む森で長い年月を無為に生き、ついぞ自分の生まれた世界には帰れませんでしたが……その人生には数々の出会いがあり、別れがあり、最期の瞬間にはアリシアという稀有な才能を持つ弟子を持てた事を師匠は心から喜んでいました。


「さて、アリシアよ……俺の旅はここで一旦終わりだ」

「師匠!お待ちを!」


 師匠の身体が明滅を繰り返します。


「だが、俺の力と魂はアリシアに宿る」

「師匠!待って下さい」


 アリシアは泣きながら師匠と叫びました。


「泣くなアリシア……俺は常にアリシアと共に在る」

「お師匠様ーーーーー!」 


 最後には喉が張り裂ける位の声で叫びます。


「我が力、邪悪なる神よりアリシアを護らん! 双子の銀月の女神リージアよ!我が愛弟子に加護を与え給え!」


【その願いを叶えましょう】


 師匠が光り輝くと馴染みの女神にアリシアへの加護を願いました。


 それに柔らかい女性の声で返事が返って来ます。


 アリシアに自らの全ての力を吸収させた師匠はプラナを完全に使い切り、大気に溶けるように消えていきました。


 大気に消えいく師匠の魂はアリシアの内に宿り、師匠の願いを聞いた癒やしと銀月の双子の女神リージア達の加護の力によって危険な神々にアリシアの存在を感知出来なくします。


 こうして、一人の無銘の英雄で有る異界人の人生が終わり、新たなる英雄が誕生する事となりました。


 リアナ大陸の東の果てにある名も無き小さな村から後に優しき奴隷の女王、万魔殿ダンジョンマスター、数多の天職を得た蒼の万魔の将と呼ばれしアリシアの伝説が始まります。





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