第3話 2025年6月

 6月1日

 鬼ヶ島の旧友を演じた鬼頭が、刑務所に赴いて刑事の名前を聞き出した。相馬俊樹そうまとしきって悪徳刑事は社会に不満を抱いてるようだ。

 芽衣子は元刑事だ。腐敗しきった社会を変えるために『テンプター』を創った。

 相馬は神奈川出身、東京を潰すためにテロリストになった。水恐怖症だった為にタンカーに乗り込まず命を長らえた。

 相馬は去年の8月に起きた鎌倉事件で息子を亡くした。東京の狂った奴らが小町通りで手榴弾を爆破させ、相馬昇そうまのぼる(16歳)が亡くなった。   


 6月2日

 朝霧は久喜駅近くのアパートで沙織と同棲生活を送っていた。

「相馬さん辛かったろうな?サオリンに死なれたら僕はとっても悲しいよ」    

 朝霧は涙を流した。

「ずっと、カズ君のそばにいるよ」

 沙織はソファの上で朝霧の頭を優しく撫でてくれた。

 今までは人を殺すことなど何ともなかったが、沙織と暮らすようになったら怖く思えた。もし、報復の為に沙織が殺されたら、生きていることが辛いだろうな?

 そういえば、今日は織田信長が本能寺で横死した日だ。

 信長は寝込みを襲われ、包囲されたのを悟ると、寺に火を放ち自害して果てた。信長の嫡男で織田家当主・織田信忠は、宿泊していた妙覚寺から二条御新造に移って抗戦したが、まもなく火を放って自刃した。これにより信長、信忠を失った織田政権は瓦解。6月13日の山崎の戦いで明智光秀を破った羽柴秀吉が豊臣政権を構築していく契機となった。

 

 6月3日

 午前8時過ぎ、朝霧は、鬼頭や立花と大崎にあるレンガ造りのアジトにやって来た。アジトはもぬけの殻だった。昨日の夜遅く、飼い猫のイクサが亡くなった。朝霧は聖なる銃に『イクサ』と名付けた。

 テロリストのチーム名が『インフェルノ』であることが明らかになった。『インフェルノ』は地獄を意味する。

 事件は、3日の午前9時2分に発生した。スカイツリー近くの駐車場に駐車していた、大量の爆発物を積んだトラックが爆発した。爆発の規模はマグニチュード3.2相当と測定されている。これにより、スカイツリーは全体のおよそ80%が破壊された。


 事件発生当初、犯行声明などが無かったため、犯行はイスラム過激派によるものだと推測されたが、相馬俊樹と警察学校時代のダチ、星山杜夫ほしやまもりおらが逮捕された。このテロで525人が犠牲になった。

 

 6月10日

 ジメジメとした日々が続く。朝霧はアパートの壁にできた黒いカビと悪戦苦闘していた。壁紙用スプレーを昨日、ホームセンターで買った。


 函館市にある現金輸送専門の警備会社『ダイアナ警備』は、オメガ株の感染拡大で生じた欠員を補うため横溝六郎よこみぞろくろうという男を採用する。横溝は採用テストこそギリギリの点数だったが、業務を要領よくこなす姿から、ごく一部を除く同僚からの評価は高かった。


 6月15日、自らが乗る現金輸送車が襲撃された横溝は、冷静沈着に対処するだけでなく卓越した戦闘スキルで襲撃犯3人全員を射殺してしまう。同僚2人と共に無傷で生還した横溝は英雄扱いされるが、一部の同僚や上司はただの警備員とは思えない振る舞いに驚愕していた。25日に再び襲撃に遭うと、襲撃犯のリーダー、蒲生がもうが横溝の素顔を見た途端に計画を中止し逃げ去ってしまったため、その出自を疑う者も現れ始めた。


 横溝の正体は警察が血眼になって探してる、不死身の殺し屋・朝霧であり、先の逃げ出した襲撃犯はボスが居なくとも活動を続けていた部下達だった。3月に起きた現金輸送車襲撃事件で朝霧の弟が巻き込まれ犠牲となったていた。朝霧は、部下からはこれ以上続ければ自分達に被害が降りかかるだけと、手掛かり探しのやり方を変えるよう進められる。そして部下は被害者の『ダイアナ警備』の人間の関与の可能性を示唆し、朝霧は単身、経歴を偽装して潜入する事にしたのだった。


 一方で、現金輸送車襲撃事件の襲撃犯の正体は朝霧が生きる界隈とは全くの関係がない退役した3人の元軍人であった。軍務に努めていた時代とは打って変わった平和で退屈な日常に刺激と大金を求めた彼らは、強盗家業に手を染めることを決める。最初は金持ちの家を襲う程度だったが、警備会社内部に協力者を作り情報を得ては現金を強奪していた。しかし件の襲撃の際に仲間の1人である財前が警備員2人と朝霧の弟を殺害したため、活動を休止していたのだ。

 しかし、多額の現金が集まるコロナ給付金支給日に目を付け、これが最大で最後の強盗だと密かに活動を再開し始めていた。


 支給日前日、『ダイアナ警備』の金庫には1億が集まっていた。現金輸送車で車庫に向かう途中、朝霧は車を運転する警備員のボス、段田だんだから、自分が襲撃犯の協力者であり、途中で乗り込んでくる彼らに協力しなければ命はないと脅される。朝霧はこれぞ渡りに船と、彼らを仕留めるチャンスを伺う事にし承諾、朝霧の承諾を確認した襲撃犯は、輸送車を利用して『ダイアナ警備』の車庫に易々と侵入する。金庫を目前にして始まった銃撃戦も襲撃犯の勝利に終わり、次々と現金が運び出されていく。


 拘束されていた朝霧は隙を見て襲撃犯の1人に襲い掛かりダガーナイフで背中を刺して命を絶つと、サイレンサーが装着された銃を奪って近くにいたもう1人を射殺するが、次の1人を殺す際に傷を負ってしまう。

 🔫イクサ 残弾4発

 ふらつく体に気合を入れ、逃げ去ろうとする残りの襲撃犯を狙うものの、リーダーの蒲生と財前、そして段田の3人には逃げられてしまった。逃走中、大金の独り占めを考えた財前は蒲生と段田を殺害し、誰にも見つかることなく自宅へ帰り着く。


 しかし、現金の入ったバッグの1つには朝霧がGPSを隠したクマのストラップが仕掛け、居場所は筒抜けだった。風呂上りの財前に銃を突きつけた朝霧は脳、脾臓、心臓を打ち抜いていく。復讐を終えた朝霧は夜の街に帰っていった。

 

 6月29日

 紫陽花が雨に打たれている。てるてる坊主などあまり意味がなかったようだ。埃っぽい匂いがしている。

 朝霧は北海道をのんびり旅することにした。函館市電に乗り、明け方の谷地頭やちがしらやって来た。東海山地蔵堂を目指す。名前の由来は石川啄木いしかわたくぼくの『一握の砂』の一節から来ている。緩やかな上り坂を上がり、立待岬たちまちみさきにやって来た。丁度、函館山の南端に位置し、津軽海峡に断崖絶壁が突き出している。サスペンスドラマに出てきそうな風景だ。寛政年間(1789〜1801)には、北方警備のため砲台が置かれていた台場だった。晴れていれば下北半島や津軽半島も見渡せるそうだ。☔

 それから、朝霧は函館公園にやって来た。何と開設されたのは明治12年(1879)で、日本最古の観覧車がクルクル回ってる。観覧車は昭和25年(1950)製だ。

 スマホが鳴った。芽衣子からだった。殺しの依頼、標的は磐梯銀助ばんだいぎんすけ。中学3年生のときの朝霧の担任だ。担当の教科は美術だった。

 芽衣子の説明によれば、磐梯はイジメやサボりで問題ばかり起こしていた神保美唄じんぼびばいって少年を飛び降り自殺に追い込んでいる。美唄は磐梯の髪が薄いことをバカにして、『カッパ』ってあだ名をつけて馬鹿にしていた。

 磐梯は受け持ってる3年2組のクラスメイトたちに美唄を懲らしめるように命令を下した。

 体育館で美唄の手足を鉢巻きで縛り、口を粘着テープで塞ぐなどの行為を行ったり、上履きに『鬼畜、死ね』など落書きをしたりして美唄を精神的に追い込んでいった。

 美唄は老朽化したマンションの屋上から飛び降りた。7月7日、七夕の夜だった。

 飛び降りる高さが高いほど地面への激突する速度が速くなり、落下中にバランスを崩し回転しながら激突するなど、致死率は確実に高くなる。例えば、10メートル(ビルの3階相当)の高さから落ちると着地時の速度は時速50キロメートルほどである。このような高速で舗装道路に激突すれば、かなりの衝撃を受け死ぬ、もしくは重傷を負うことになる。また、より高速で激突すれば、死体を地面からはがすようにして回収しなければならない場合もあるという。

『テンプター』に磐梯への復讐を依頼してきたのは、美唄の父親の神保郡司じんぼぐんじだった。

《磐梯は高知の室戸に住んでる》

 芽衣子の声は何故か暗かった。

 四国に行くのは生まれてはじめてだ。

 磐梯を殺した暁には30万が手に入る。

 新しい車でも買おうかな?

 






 


 


 

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