秋の夕暮れ

 里山の木々は立派に紅葉している。


 この頃には干された稲の乾燥も十分となり、村人たちは米を脱穀して、もみ殻を臼ですりつぶす作業に入った。寄合所では出来上がった米を俵詰めにしている。それが寄合所の横に山のように積み上げられていた。


 集まった村人たちは米俵を茫然と眺めている。


 「嬉しいやら憎いやら…」


 ポソリと三助が呟いた。


 「ああ…」


 そばに立っていた藤右衛門も同じ感慨であった。


 今年も随分と苦労させられて、厄介者を押し付けられた気分である。これが死ぬまで続くと思うと、生業を変えたい気持ちになる。


 早朝から庄屋の倅と侍たちは年貢の量を算定しており、そこには坂東もいた。藤右衛門は気になって仕方ないが、じつにほがらかな表情で村人たちの労をねぎらっている。


 しばらくして村人たちは総出の作業を終え、寄合所で囲炉裏を囲んで座り込む。佐野との約束は守られるのだろうかと談義して、無事に秋を迎えた安心感と年貢の割合が不明であることへの不安の入り混じる空気であった。


 昼間、藤右衛門は一足先に家路についていた。


        ○


 侍と庄屋の検地も終わって、この分を庄屋屋敷に持ってくるようにと言い付け、双方は帰ると、例によって坂東は穣吉の様子を見るために、わざわざ藤右衛門の家まで来たのだった。


 「たのもう!」


 坂東は木戸をガラガラと引く、穣吉には好物の干し芋を持参していた。


 「これは坂東様」


 藤右衛門はわらじを編む作業を中断し、戸口に急ぐ。


 「譲吉は元気にしているな」


 坂東は家の中を見渡して譲吉を見つけた。飯を食べた後に、奥で穣吉は遊び疲れて寝ている。


 「左様で…、坂東様の心づかいのお蔭です」


 「拙者ではなく、お主の面倒見が良いのだ」


 「はあ…」


 坂東は穣吉の様子を窺いながら板間に腰かける。


 坂東が穣吉に興味を持っていることは別にして、佐野は百姓との仲を深めているように見える。この土地との付き合いをどう心得ているかの現れに思えるが、戦上手は雑兵を欲するものであるし、築城を急ぐのも不穏な予兆と思える。


 藤右衛門も乱世に巻き込まれるのは遠慮したい。


 「殿も悪いと思っているのだ。しかし、お主らの勤労のお蔭で、お城は随分と出来上がって来ておる」


 「それは良きこと。聞き及ぶところによると、先の合戦では大活躍だったとか。この領地を戴いたのは坂東様の武功でしょう。それで我々にも義理を通してくれるなど仏さまのようだ」


 「いや、お主らの働きに比べれば大したことはない」


 坂東は大げさに謙遜する。


 「ですが、我々にとっては以前の三城の治世で、散々と苦労させられたものですか ら、坂東様のような方は信じられないのです」


 話しながら相手の顔色を窺う、侍にこのような話をするのは普通なら躊躇ためらわれた。


 「武士も功徳くどくを積むのだよ」


 「ところで、なぜ築城をあのように急がれるのですか?」


 村の杞憂もあって、不意に聞きたくなった。


 坂東は少し考えた後に「なに…、荒木様があたらしい城を一刻も早く建てよと、

殿に命を下されたのだ」と、言った。


 「そうでありましたか」


 その時、藤右衛門は此処が好機だと思った。


 「坂東様はなぜに穣吉にお優しいのでしょうか?」


 自然な切り出しと思ったけれど、こう言われると坂東は困った顔になって「何故と言って…」一言を発した後に黙り込んでしまったのである。

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