坂東柴衛門
秋…、
稲木にかけられた稲を賊に荒らされない様に、藤右衛門も交代で見張りをしていた。女衆は冬至を越える為に作物を保存するのに忙しい。
「寒いのは嫌だな」
そのような折、何度か領主の佐野は百姓の暮らしを気にかけて、自身の家来を遣わせていたのだが、その中に
たまたま藤右衛門も見たのだが、偶然に穣吉が坂東の目前を通った時、明らかに並々ならぬ興味を持っている様子を見せたのである。しかも、聞く所によれば、あの童はどこの家の者かと村人に尋ねていると言うのだ。
周りの村人も城下から穣吉が逃げていると、佐野の家来に知られてはまずいかと思って、はぐらかしてくれたのだが、狭い村で隠しきれるものでもない。
藤右衛門が面倒を見ていると知ってからは、家まで訪ねて施しをくれるようになった。
(…何とも奇妙だ?)
それからは、この侍が気になって仕方がない。何かを知っているのではないかと、不安で夜も眠れなくなったのだ。
○
「鮎之助様の様子はどうじゃ?」
ある日、村の寄合所に庄屋が訪ねて来た。
「これは庄屋様。今は穣吉になっとるので気を付けて戴きたい」
寄合所では村人たちが秋祭りの準備をしている。
「ああ…、すまんかったのう」
「いえいえ、穣吉は元気ですよ」
「そうかそうか」
あまり親身でもないが、一応は気に留めているようだ。
すると、庄屋は座敷の中央に歩み寄って「皆の衆、聞いてくれ!此度は苦難をよくぞ乗り越えてくれた。本当に礼を言うぞ。しかし、お主たちに聞きたいことがあってのう、目録の品を確認したのじゃが、かなりの家財道具が無くなっておるようなのじゃ。誰か心当たりあるのではないか?」と、村人たちに睨みを利かせた。
寄合所は静まり返り、皆の視線は遠くを見つめている。
「者ども聞いただろう!庄屋様の家財を間違えて持って帰った奴は、しっかりと屋敷まで返しに行くのだぞ!」
集団の中から声が響いた。家財の隠匿を頼んだ時と同様に、三助が村人に呼びかけたのだ。
だが、藤右衛門はあの男の荷車に、百姓には不釣り合いな家財が乗っていたような気がした。とは言え、それを言うのは掟破りで、村人たちは妖怪の仕業だと言って、誰も咎める者はない。
庄屋が座敷に腰かけると、穣吉のことを相談した。
「近頃のことだが…、佐野の家来で坂東という侍が、村に来ては穣吉にだけ格別の心配りをしてくれる。何か妙だと思うのだが、庄屋様に心当たりはあるだろうか?」
こう言うと、庄屋は少し考え込んでいる。
「ほう…、その坂東という侍は城下でも町民にたいして面倒見が良いと評判なのじゃが、村の童で穣吉にだけ施すのは…、変だのう?」
藤右衛門が疑ったように庄屋も訝しんだ。もしや三城の子だと知っておるのではないかとも思ったが、ならばなぜ捕縛しないのか?
「武家の子らしい様相なので、養子にでもしたいのかもしれぬな?」
「そりゃまずい」
「ふむ…」
それから二人は談議でもって、施す理由くらいは聞けないかと考えた。その辺りは臭わせない様に、手厚く遇してくれる理由を聞いてみることにしたのである。
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