うまい蕎麦
築城からしばらくの時が立ち、稲刈りの季節になっていた。
村人総出で田んぼから稲穂が刈り取られる。刈られた稲は稲木にかけて乾燥させて、後は
藤右衛門は田んぼで働く間、穣吉を若い女衆に預けていた。
村の童たちと戯れる穣吉の姿を見れば、あの三城の倅だとは思えない。嫡男と聞いているが他にも子は居るのだろうか?領主の三城家の御家事情と言うのは、村の噂にはならなかった。
元々から城下町との往来は頻繁にはなく世情に隔たりがあるのだ。農具の手入れを町の職人に頼むのは三城が命じていたからにすぎない。
藤右衛門は寄合所の前で遊ぶ譲吉を見つけた。
「穣吉!」
遠くから呼びかけると、振り返って手を振っている。
「帰るぞ!」
「うん」
「皆もセツに挨拶して、もう帰るのだぞ」
「はーい」
童たちは元気に答える。
穣吉を連れた藤右衛門は既に父親の様だが、それは重荷でもあった。とは言え、背負い込んだものに責任を感じている。それが憎い三城の子であっても小さい童に罪はない。
二人は、夕暮れのあぜ道を歩いている。
「明日の朝には山菜入りの蕎麦を食わしてやるぞ」
「おいしいの…?」
穣吉が問いかけた。
「勿論だ」
穣吉は百姓が食べるものも普通に食べた。庄屋によると、三城が特別に海産を運ばせていたようだが、米はないとはいえ、それ以外では食に大きな違いはないと思われる。しかし、たまに知らない食べ物もあった。
それよりも藤右衛門が一番安心したのは、他の子と遊ぶ様子に違いは見えないことだった。
「村の子とは仲良くなれたか?」
「なったよ…」
「そうか」
それでいて村の子とは違う雰囲気もある。
まだ謎が残っている。必ずこの子を逃がした者がいるはずだ。恐らくは三城の妻か家来だと思われるが、今はどこにいるのか?
「穣吉よ。度々聞いて悪いとは思うが、わしと山中で会う前に、誰かと一緒に居っただろう。その者が身を寄せる先について、何か話してなかったか?」
穣吉はしばらく無言のままで「だれもいない…、一人だった」いつもの様に答えるのだが、そんな訳はないと藤右衛門は考えていた。
戸を開けると、土間には菜売りの女衆に頼んでおいた山菜が置いてある。明朝、穣吉はおいしそうに蕎麦を平らげた。
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