怪しい侍


 三城の裏切りもあって豪族荒木の家臣たちは一致団結している。周辺の領地は味方のはずだが、佐野の家来たちは築城を急がせようとした。そのせいで田んぼの世話にも苦労するし、秋祭りの支度は滞るばかりだ。


 「遠くの国と揉めているのだろ。やはり戦があるんじゃないか?」


 「そりゃあ困るな」


 「佐野の奴らに練兵するぞと言われたら逃散しような」


 ひそひそと村の者達は噂するが、果たしてどうなのだろうか?


 町の商人たちは佐野寛厳のご機嫌を窺おうと躍起のようで、町の親方であるつかさ商人の座を巡って熾烈な競争があるようだ。しかし、川で呑気に釣りをしている庄屋について、藤右衛門は大丈夫なのだろうかと思った。


 ある日、世間話のついでに聞いてみる。


 「ところで庄屋様は倅の手助けをせんのか、相変わらず気楽な隠居暮らしを謳歌して大丈夫か?」


 「なに…、わしらは安泰じゃろうて」


 庄屋の身分は、すでに佐野の許しを得ていると言う。


 「佐野には身分を町人にしてやると言われたが断ったわ。お前たちの負担がなるべく減るように頼んでおるからな」


 庄屋はそう言って、釣った魚を二匹寄越した。


 「育ち盛りの鮎之助に食わせろ」


 「ああ…、これは良い身だな」


 串に通した自分の魚を持って、庄屋はそのまま家に帰った。 


 数日後…、


 集められた人足の働きもあり、石垣には必要な石材が集まっている。すでに職人たちが積んだ高さも人の身の丈に近付いてきた。しかし、築城と田んぼの両方を見ないといけない村人たちは、さすがに不満も噴出する。


 「炊き出しの女中から聞いたけどよ、奴らは城下の屋敷に住んでいるようだ、今なら佐野を討てるのではないか?」と、冗談めかして言っている。


 確かにまともな防衛陣地もない状況ではあるが、敵は戦上手で所領を戴く強者で、野戦で戦ったところで負けは見えていると藤右衛門は思った。


 翌日、藤右衛門は築城に借りだされて村に不在だったが、馬にまたがった侍が十人程で村にやって来た。村人たちは何事かと思っていると、佐野の家臣だという彼らは、宴のために野菜を買い付けにきたと説明した。


 「殿がうたげを催すのだ。作物を籠に入るだけ売ってくれんか?」


 言葉だけは丁寧だが、どうも断る雰囲気ではない。


 以前なら町の問屋が買い付けに来たが、佐野は買い付けの権利を無効としたらしい。村の年長者が「承知いたしました」と、一言言うと、村人は渡しても枯渇しない程度の野菜を籠に詰めだす。


 その代金を受け取っている時に奇妙な光景は目撃された。


 馬上にいる侍の一人が遊ぶ童たちに視線を向け、穣吉を不思議そうな表情で睨み付けているのだ。それに気づいた村人は、なんとも漠然とした不安を感じたという。

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