戦災の跡

 その日、暁前に山村を下山した若衆は、麓の主だった街道や村々を薄闇に包まれた木々の合間から窺っている。そこで偶然にも小便に出て来た百姓を捕まえて、城下の戦況を聞いたのだった。


 その者の話では、周辺から集まった敵勢は三城が城に籠っていると知ると、城下町にじんを張ったらしい。そこには荒木の旗もあり、合戦はおおよそ五日間にわたり戦われた。


 三城は家臣のいくつかの軍を野営させ、折を見て奇襲させていたようだが、野鷹の城が黒煙に包まれては城主討ち死にと判断され、どこかへ逃げ去ったらしい。戦災によって城下の一部は焼け落ちているが、家の大半は残っていると言う。


 争いは終わったので安全だと思った若衆は村に急いだ。数軒が戦禍か嫌がらせか不明の火災で無残な姿で、鉄を目当てに残してきた僅かな農具は殆ど無くなっていた。

 幸いにも育ち切ってない稲穂は無事であり、何とか乱暴者達にも荒らされることなく無事を確認したのである。


 歩いていた行商人から聞いた話では城下町には所領を新たに戴いた大将が、早くも一族郎党を率いて到来したようで、城を新しく築城する準備を開始しているようだ。


 だが、その行商人に三城の生死を問うても、合戦を見物していないので知らないと言う。しかし、三城の家来は一部が野戦にて討ち死にして、残った城も火攻めでひどい有り様なので、生存者がいるとは思えないとの話であった。


 その後、太陽が真上に昇った頃には、若衆は山村に戻ってきた。


 寄合所では村人たちが一生懸命に談議している。麓の状況を知った庄屋は倅と共に、新しい領主様に挨拶に行くと伝えて、一足先に山村を下りていった。


 一刻もすると、村人たちは庄屋の倅が領主との間に、年貢徴収の請負交渉を終わらせたら、山を下りようと決めた。それまではまだ山村に残るつもりである。


 しかし、なんの因果かは判らないが三城の童は、藤右衛門がとりあえずの世話を続けている。裏切り者の子とあっては周辺の親族も引き取れまい。もはや肉親も身分も失い、幼い童には身の振りを決める力もない。


 ともかく村では藤右衛門に一番よく懐いた。


 これまで三城に寄せてきた憎しみを思えば、本来なら冷たく遇するのが普通かもしれない。それほどに三城の治世では苦しんで来た。しかし、庄屋の嘘に騙されたとはいえ、三城の家来が最後に施した銭が心に引っかかっていたのだ。


 村人たちから早く町屋の両親に返してやれとせっつかれたが、鮎之助の身の安全のためにも、城下町に連れて行かれては困る。渾身の演技で「もしかすると三城の家来の子かもしれない」と、言うと、同様の心づもりがあるのか?この童を誰か一族に引き取り手がないなら、村人に加えようとの話にもなった。


 周辺の荒木を主君とする諸将たちの手に落ちれば命の保証はないだろう。


 子持ちの村人に面倒を見て貰いたかったが、自分に懐いている上、他の村人と比べて、明らかに単身で身軽なのである。


 「藤右衛門が面倒みるのが一番じゃないか?」


 こう言って、誰も聞く耳を持ってくれない。


 皆は食わさなければならない家族もいるのだからと、庄屋と同じことを言うのだった。

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