足軽からの伝言

 照りつく太陽が梅雨のムシムシを宙に散らした頃、稲が無事に根付いているかと三城の家来たちが村まで来た。いつも通りの横柄な態度で、まったく所領を失いそうな雰囲気はない。


 いざという時に落ち武者として、我々に狩られるような心配をしていないようだ。


 しかし、普段ならば近寄りもしないのに、奇妙にも家来たちはしきりに村の家屋の中を覗こうとする。となれば、山村に家財を持っていったので、生活に必要最低限の品しかない質素な暮らしぶり、あまりに哀れと思ったのか同情的な目つきになり、食うに困ったら城下町で米を買えと言って、銭を施したのである。


 そのような事態を予見しなかったので、誰もかれも困惑気味であった。


 「おとう…。これはどれくらいの米になるの?」


 家来たちが去った後で、村の童が父親に聞いている。


 「さあな…」


 周りの村人たちも首を傾げている。


 ここに銭に変えられるような余剰の作物は少ない。しかも、渡されたのは百姓の手にすることのない貨幣だ。村人はこれで実際に売り買いできるか疑いの目を向けた。


 「ただの鉄くず渡されてよ、家来どもに馬鹿にされてたらどうする?」


 「そら一揆だ」


 「それより稲を育つ前に刈り取って逃散だろう」


 村人の会話は領主への不服や不信感に満ちていた。


 しばらくすると、城下に住む庄屋に聞くのが一番だろうとの決を見たので、藤右衛門も一緒になって、さっそく探しに出掛けたのだった。


 村の周辺をくまなく探すと、すぐに庄屋の居場所は判明した。いつものように川で釣りをしている。村人たちはこれはどれ程の値打ちのある銭かと尋ねた。


 「庄屋様。今しがた三城の家来が村まで訪ねてきたのだがね。いつから仏心を宿したのか知らんが、わしらも驚いたことに銭を施したのだよ。これはどれ程の米になるのか教えてくれんか?」


 村人の一人が巾着に入った銭を差し出した。


 「おぉそうか!どれどれ見せてみぃ!」


 それを見ると庄屋は目を輝かせて、領内でしか使えないが四俵にはなると豪語した。


 「それは嬉しいのう」


 素直に村人たちは喜んでいる。


 しかし、藤右衛門は事の次第を深く考えて、そうすると何とも訝しいと思った。合戦が迫っているかも知れない時節柄、武家が我々にそんな施しをするのだろうか?


 「…これはおかしくないか?侍が主従を失うかもしれないと言うのに、家族を数日食わすのに十分な銭を百姓に渡すわけ無いではないか?」


 「あぁ…、いやそれはのう…」


 藤右衛門の詰問に庄屋はしどろもどろになっている。


 その様子を見て他の村人たちも怪しみだした時、村の若衆が大急ぎで藤右衛門たちの元に走り込んできた。その慌ただしい急ぎ様から只ならぬ緊迫感を感じる。


 声の届く距離になると口を開いた。


 「お~い大変だ‼敵の軍勢が来たぞ~‼」


 「何だって?」


 「真か?」


 藤右衛門と庄屋は同時に反応したのだった。


 その若衆は息を切らして咳き込んだ後に、村出身の足軽から聞いたという話を村人に伝えた。それによれば国境にある街道の関所から、早馬による伝令が城内に届いたらしい。


 敵の軍勢が四方から迫っていると…。

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