野原で麦飯

 庄屋の話から数日だけ経ったけれど、村では戦火を逃れることに集中するあまり、例年よりも田んぼに水を引く作業に手間取っている。


 家財がなくて家の中は閑散かんさんとしているが、村人たちの寄合所では冬の間に手入れを頼んでおいた農具が城下町の鍛冶職人から届いたので、むしろ荷物が多くなった印象だった。


 この間に、余計な仕事に疲れたせいで体を壊す者が続出した。


 村人たちの気苦労は他にもあった。少しでも年貢米の収穫量を増やそうと、数人で三城の家来たちが仕事を厳しく監視しているのだ。あらゆる落ち度を見つけては村人たちを叱責していた。


 まるで、一揆など恐れていないようである。


 そのおかげで村内の団結意識は強いとも言える。敵によって三城側が負けた暁には、ここまで逃げ延びてきた落ち武者を狩ってやろうとの士気は高まり、不格好ながらも隠れて武芸の稽古を始めた者までいる。


 そんな折…、今年の水害を防ぐために治水工事を行おうと、三城の家来が普請ぶしんを求めて数度にわたり村に来ていた。


 それは例年通りの作業であったが、藤右衛門は連日のように聞き耳を立てて、家来たちの会話を聞こうとする。だが、これと言って合戦に関する話はなかった。いつものように偉そうな態度で、我々を下人のように考えているようだ。


 藤右衛門は休息時に麦飯を食べながら野原に寝転んだ。


 「…いつ合戦があるのか?」


 気付かれないようにポソリと呟いた。


 その言葉を聞きつけたのか?少し離れた場所から、三助は武士が近くにいないのを確認して、草むらを転がるように近づいてきた。


 「藤右衛門も疑問に思っているか。わしも変だと思っとる」


 「しっ…、声を静めろ」


 唐突に話しかけられ、なんという地獄耳かと驚く。


 「すまんな。だがこいつらの顔には張り詰めたものがないと思わないか?まるで恐れるものなど無いようではないか?」


 「ふむ。寺の坊主から武士とは死を恐れんものだと聞いたな」


 「そうは言っても人の子であろう」


 「鬼やもしれん」


 「戯言を…、どこで合戦をおっぱじめるのか知らんが、敵がこの一帯まで来るとなれば、どのような防衛の策をろうしたとしても、大した要害ようがいや砦もないから数で負ければ厳しいのは明白だ」


 「だから、周辺の諸将しょしょうと力を合わせるのだな。主従を同じくする城がいくつもあるからな」


 「でもだな…」


 「くどいな。ともかく庄屋様を信じろ」


 とは言え、庄屋の話がどこまで信用できるかは謎である。しかし、わざわざ城下町から家財の一部を山村に隠すのだから、よほどの確証があるのではなかろうか?そこまで話したところで、休息の終わりを告げる太鼓が鳴り響いた。


 気怠そうに二人は嫌々ながら立ち上がる。


 「さあ!とっとと作業せい‼」


 家来の一人が遠慮もなく叫んだ。


 周囲からも気怠そうな声が漏れているが、家来たちは構わず指図をする。


 「おに……」


 藤右衛門はそう呟いた。

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