裏山へ逃散


 この領地では親子三代に渡って合戦はなかった。当然のように戦を経験した者はいない。領主の三城や家来たちも百姓から配下の足軽を養成することはあっても、雑兵を徴募するような真似はなかった。


 庄屋は伝えを果たした表情で最後に頼みごとを言った。


 「それでな…。戦になったら城下町は略奪されるじゃろう。だから同じ百姓として頼みがある。わしの家財道具から家族や下人も、ここの裏山の山村にかくまってくれんか?しっかりと品には目録もくろくを付けるからな。敵の乱妨取りより先に盗るでないぞ」


 頼まれているのか命令なのか曖昧だが、それを聞いた三助は周囲に威勢よく「皆の者も聞いたな!わしは長者の家財には手を出さねえと承知したぞ!」と、言い放った。


 その言葉に村人は同意したが、藤右衛門は誰かが破るかもしれないと思った。


 と言うのも、村人たちは庄屋を通して、何度も三城に年貢を下げるように頼み込んでいたが、その願いは今でも叶っていない。それでも大半の村人は彼がまじめに交渉していると信じているが、ここにいる全てではあるまい。


 後日に庄屋から聞かされた話によると、この領地を治める三城家は近隣の大名である荒木家あらきけと主従関係を結んでいるようで、周辺の領主たちは同じように家臣のようだ。


 なにやら他国の大名と揉めているようで、昨今はピリピリの空気らしい。


 「…はた迷惑じゃのう」


 藤右衛門は春先の時期に争わずとも良いではないかと思った。


 はなはだ迷惑であっても、家財や村人を捕られてはかなわない。次の日から、皆が暇を見つけるたびに年貢のたわらを運ぶ荷車で、家財を積んでは山道を登った。


 とは言え、貧しい百姓の家などに立派な家財があるわけもない。各々、生活の半分に相当する細々とした品を運んで、いつでも移り住めるようにしたのだった。少し大きくなった童や女房達も、家事や手工しゅこうの合間には身の回りの品を風呂敷に包んで、小高い山に囲まれた山村に隠しに行く。


 こうして慌ただしい季節が始まった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る