remain(オリジナル版)

縁田 華

断章1

灼かれる前のこと

虚に問いかけても

「私」の中にはもう「答え」は無く


崩れ 溶け 零れた記憶

遺されたのは只の人型

小鳥たちが拾い集めた欠片だけでは

足りないモノだから


灼かれたガラス片に映るのは

かつての故郷ではなくて

揺らめく灯でさえも

あの日の面影を残すことはなく


くらげのように漂う「私」に

何を問い

何を施そうとも

既に亡い躰に対するエゴは

隠すことさえ出来なくて




時が止まったこの村も

かつてはありふれた けれども美しい村だった


決して裕福とはいえなかったが

沢山の優しい笑顔が常にそばにあり

幸せだった


孤児院には子ども達の笑い声

市場には沢山の人が

行く人皆が朗らかで

畑にはもぐらもいたけれど

雀の囀りと 陽の光

昔ながらの暮らしを守りつつ



散らされたフィルムを集めたら

己の記憶が甦るなんてことはなく

目の前にあるのは

焦げて錆びついた残骸のみ


瞳の中に宿るのは

小さな野花のように

微かに揺らめく 青い焔

喪うその瞬間まで 「私」の中に

何があったのだろうか


故郷にいた頃と同じ

鳥は今日も空を翔んでいる

迷える異邦人のように


散る羽根は懐かしくもあり

寂しくもあり 

「私」の顔を綻ばせた


何一つ持っていない「私」に

輝きを与え


風と共に揺れる花びらと

ドレスの裾に

ゆっくりと雲が影を落とす




蒼い焔は日増しに大きくなって 

「私」の中で勢いを増していく


表向きはのどかな日常が雲と共に

過ぎていくのに

「私」の心には胸騒ぎ


何も知らず楽しそうに遊んでいる子どもが

畑や市場の人が

湖の釣り人が

羨ましいと思えた


何が蠢いているのだろう

呑気な時間は不安と共に過ぎ去り

影が差し 青空が灰色に染まり

空音を聞いた時

村は業火に包まれて

見知らぬ兵が村に迫っていた


無慈悲な手

銃を持ち 殺めることしか出来ない哀れな手

赤い腕章に立派な軍服は

どこかの将校だろうことが一目で分かった

冷たい目からは涙も流れず

彼らは「私」達を死へ追いやった


あちこちから聞こえて来る

小さきもの達の悲鳴 銃声

鉄の臭いが鼻の中をくすぐると

はっきりと分かった

今度は「私」の番だ


ありふれた、けれども

幸せな日常

小さな村は一瞬にして灰となり

多くの人が 業火の中へと呑み込まれていった


見慣れた村の教会が

孤児院が 畑や学校も

沢山の建物が灼かれていき

空は紅く染まる


溶け落ちたガラスは

哭いている

死んだ犬は黒くなり

大きな足で踏みつけられた


「私」は神に祈りつつ

焔の中でボロボロと崩れていく

証も残滓すら残さずに


猛火は小さな子どもや老爺をも

焦がしていった


逃げることは叶わない

村を捨てられた僅かな人が

ここに戻ることはないだろう


死して尚

「私」の中にはあの焔が燻っていた


誰一人としてこの真実を知ることはない

語る者もいない


朽ち果てた村には

焔と同じ色の花が咲き乱れ

人の声が聞こえぬまま時は過ぎていく



裂かれるよりも

離れるよりも

溺れるよりも

息詰まるよりも


辛く 痛く

その痕すら残さない


灼かれても

埋められても 尚


この痛みは堪え難く



「私」が消えていく

「私」が呑まれていく


フィルムを幾ら掻き集めても

「私」はここにいない

もう想いは届かない


それでも尚 見つめてる

未だ 空の向こうを

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