第2話 20210927
今日から長期休み(1週間)を取る予定だった。主な目的は帰省だった。たまたま今年の夏に家族に不幸があり、ちょうどここ1週間で四十九日の時期だったことに加えて、大学院に入って以来長期休みを取っていなかったこともあり、変な時期ではあるが1週間休むことにしたのだ。昨日から書き始めたのに、次の日からいきなり休みということで「大学院生らしいことは何もないな。食った飯の話でも記録するか」と思っていた。
午前中はやり残した仕事があったので研究室に向かい、午後は平日に映画でも見ようかと舐めプかました計画をしていた。仕事が終わり、学食で昼飯を食べ、映画館についたところでたまたまTwitterを開いたとき、凶悪な一文が飛び込んできた。
「学振が発表されたらしいですね」
おいおいおいおいまてまてまてまて。
学振というのは日本学術振興会特別研究員の略称である。毎年全国の大学院生や若手研究者の中で、日本の将来の学術界を担うであろう優れた人物を特別研究員として選抜し、生活費相当の研究奨励金(月20万円)と研究費(最大年150万)を支給するという日本学術振興会という独立行政法人の制度だ。要は優秀だと国から生活費と研究費がもらえる。大学院生向けにはDC1とDC2という2つの区分があり、DC1は次年度の博士課程1年(D1)つまり現在の修士課程2年(M2)が、DC2はD1以上が申請できる。大学院生は毎年春にこの学振のための申請書をヒイヒイ言いながら書いて提出し、秋に発表される。僕も多分に漏れず春にDC1の申請書をヒイヒイ言いながら仕上げ、結果待ちの状態だった。結果発表の時期は例年10月初旬と公表されていたが、最近は早まっており、今週中に発表されるのではないかと言われていた。
映画館のポップコーン売り場の前にあった四角いソファーに腰掛け、リュックからノートパソコンを取り出し、電源を入れ、電子申請の画面を開いた。「処理審査結果確認」をクリックすると、確かに審査結果の欄に「表示」と書かれたボタンが用意されている。クリックするとちょうど画面の真ん中くらいに「不採用」の文字が見えた。別に太字とかにもなってないけどすごくはっきり見えた。もう少し下を見てみると「あなたのおおよその順位は『C』でした」と書かれている。こちらは赤い字ででかでかと書かれている。不採用にも順位が付けられており、採用に近い順からA>B>Cとなっている。僕は不採用C。つまりカスりもしなかったということだ。
とりあえず指導教官に「不採用Cでした」というめちゃくちゃわかりやすい100点満点の件名のメールを送り、パソコンを閉じ、スマホを点けて、Twitterにダメだった旨を投稿し、映画のチケットを購入した。大学院生なのになーと思いながら大学生価格の1500円のチケットを購入し、特に学生証も確認されないまま中に入っていって映画を見た。映画の最中も、忘れたころに「学振」「不採用」の文字が頭に浮かんできた。冷戦時代の実話をもとにしたっぽい洋画で、ベネディクト・カンバーバッチが主演だった。細かい内容は覚えてないが、ベネディクト・カンバーバッチが申請書を書いてリジェクトされたシーンがあったかもしれない。
映画を見た後にスマホを点けると、指導教員から返信が来ていた。自分が打った文量の3倍くらいの長文のメールで、いい申請書だったけど仕方がないとか、頑張って論文を出そうとか書いてあり、最後に旅の無事を祈る的なことが書いてあった。本当にいい指導教員に恵まれたなと思う。その後、よせばいいのにTwitterを開くと「採用内定」「面接免除」といったつぶやきが嫌でも目に入ってきた。とはいっても純粋にめでたいことはめでたいので、「おめでとう」とかリプを送ったり、いいねを押したりしていた。その後、急に大学に用事ができたので研究室に寄り、微妙な表情の指導教員と言葉を交わし、用事を終わらせ、家に帰ってきた。帰宅してからも別の用事のため、チャットアプリを開いて初対面の人と喋り、気づいたら23時を回っている。
昼からの時間がだいぶ早く過ぎていったように感じる。指導教員と何回も往復して作った申請書が不採用Cだったのが衝撃過ぎて、悲しむとかよりも無になってしまった。ただ、過去に戻って結果をひっくり返すこともできないので、とりあえず前を向くしかない。出せる奨学金や、研究支援はいくつかある。粛々とそれらに向けて準備をするしかないんだろう。
というように、感情を殺すのには疲れた。Twitterも見返すと「!」だらけだし、指導教員や他の人と話すときも不用意にテンションが高かった。今日だけで不採用Cって10回くらいは言った。多分テンションを上げて無理矢理感情を抑えてないとやってられなかったんだろう。採用率は2割と聞くが、観測範囲だけだと明らかにそれより高い。別にチャランポランな奴が通っているなら逆恨みでもして裏垢に書き込むでもするんだろうが、「そりゃ通るよな」という人たちばかりなので、ただ負の感情を反芻するしかない。吐き出すことができない。
予想外にメンタルが完全にやられた状態で休みを迎えてしまった。
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