第17話 理想


「抑圧からの解放」


シンジは、臆さずにライトに話しかける。


(いやいや、変なことするとは分かってたけども!流石にこれは想定外だってば!)


すぐ後ろで緊張のあまりガタガタとしている皆川。唐突についてこいと言われた時はどこへ行くのか検討もつかなかったが___まさかたどり着いた先が、世間を騒がす超能力者の隠れ家とは。


「あんたのこの思想の根源が知りたい。ライト、あんたは何を望む?」

「それを聞きに、わざわざここに来てくれたのか?嬉しいね」


ライトは唐突の来訪者にも気を悪くせずに、シンジとの会話に応じることとした。

三十人近いライトの信奉者たちも、ライトの発言を邪魔すまいと、静かに佇んでいる。閉じられた空間に、シンジとライトの声だけが響く。


「……その言い方、僕の事をよく知ってるみたいだな」

「君は自覚がないかもしれないが、君はそれなりに有名人なんだ。斉藤正真と共に各地を駆け巡り、様々な救済活動を行った。斉藤正真にあのような奇跡的な行動をさせた賢者だと噂されているよ」

「センスのない噂だな」


ライトの真っ直ぐな賞賛を、バッサリと切り捨てるシンジ。再び空気が険悪になるが、ライトはまるでそれすらも楽しむかのように笑う。


「やはりね。君は、僕が予想した通りの人物だ」

「予想、か。それはどんな予想だ?」

「君もまた、僕と同じだ。外の出すことのできない、を抱えている。だが、それを決して表に出すことはなく、己の理性でそれを満たすために、常に何かを探し続けている。___間違った推理かな」

「______」


周囲の人間には、二人の会話は理解のできない。

ライトはあえて、言葉のチョイスをしていた。今行われているのは、二人にある共通点を探るものであり、それを理解する者だけが許された会話だからだろう。


「その沈黙は、弱い肯定と捉えておくよ」

「で、あんたは運よくゲットした力を存分に使ってるってわけか。自由でいいね」

「ああ。少なくとも、醜くもがくよりは遥かに良いとも」


側にいた皆側には、二人の間に火花のようなものが散っているように見えた。


(え、何この状況。やばくない?怒らせて殺されたりしないよね?)


皆川以外の人、すなわちライトの信奉者たちは、シンジの態度にも腹を立てていたが、それ以上にライトがなぜ楽しそうなのかが分からず、困惑している。ライトが何に楽しみを感じているのか___。彼らは、それを探ることに、神経を注いでいた。


「……今日俺が来たのは、別にお前に質問をするためじゃない」

「ほう、では何の用かな。生憎と、私は忙しい。手短に頼むよ」

「じゃあ、仰せのままに手短に。___正真の邪魔をするな」


ピシャリと放たれたシンジの言葉に当たりの静けさがより一層深まる。

ライトは笑みを浮かべた顔から疑問を抱く顔へと表情を変え、皆川は唖然と口を開ける。


「おいお前、一体何様のつもりだ!」


我慢しかねたライトの信奉者の一人が、シンジの腕を掴む。ライトも信奉者のその行動に反応をしなかったため、許諾ありと見た信奉者の何人かがシンジをつまみ出そうと集まる。


「言わせておけば偉そうなことを!お前にライトの何が分かる!」

「……はぁ」


腕を掴まれ、されるがままに引っ張られるシンジ。


「……お前みたいなのに用はない」


シンジがそう言った次の瞬間、シンジの腕を掴んでいた男は地面に背中をつけ横たわっていた。


「がっ……」

「てめぇ……!」


仲間を投げられ、怒った五人ほどの信奉者がシンジに殴りかかる。が、シンジはまるで訓練されたかのような動きで五人から距離を取ると、一番早く突っ込んできた男の腹部に蹴りを見舞う。

続いて飛んできたパンチを、相手の腕を掴むことで躱し、そのまま顎に掌底を見舞うことでダウンさせる。


「ほう……」

「こいつ……!」


続いてタックルをかましてきた男に前蹴りを見舞い、タックルの勢いを殺しつつ後退する。そして後ろから羽交い締めしてこようと襲ってきた男の首を掴み、勢いよく地面に押し当てる。

残りの二人はそれでもなおシンジに挑みかかろうとするが___


「動くな」


シンジが押さえつけた男の首を強く握り、男が呻き声をあげたのを見て、二人は動きを止める。鮮やかなまでの護身術の披露を、皆川はコンテナの影に隠れながら見ていた。


(え、何あれ___めっちゃかっこいい___)


パチパチ。

険悪な静けさが漂う空間に、陽気な拍手が鳴る。


「見事だな。護身術でも習っていたのか?」

「……習ってない。見よう見まねだ」

「そのまま私に向かってくる気はないのかな?もちろん超能力は使わないよ」

「必要ない。要求したいことは言った」


シンジに倒された者たちは既に起き上がり、元に戻っている。

シンジはそこまで体格に恵まれた体つきではない。襲いかかってきた男たちの間には明らかにシンジよりも体格的に恵まれた者たちがいたが、それでもこの結果を見る限り、シンジの体術が優れていることは明確であった。


「斉藤正真の邪魔をするな、か。どういった意味なのか、説明はしてくれないのかな?」

「しらばっくれやがって。お前が起こしたことのせいで、正真がどれくらい迷惑を被っているか考えろ。ようやく超能力者として社会に受け入れられる道を得られていた正真の道を台無しにしたのはお前だ。お前が何をするかどうかなんて何の興味もないが、せめて正真に迷惑をかけるな」


シンジは皆川が見る中で、珍しく怒っていた。常に感情を見せず、冷静でいる姿しか知らない皆川にとって、その光景はとても__嫌なものだった。

ライトの信奉者たちがライトの関心を探るのと同じように、皆川も、シンジが何に怒る人間なのか、探っていた。


「迷惑か。それは、彼の善行を妨害するなという意味か?」

「正真が1ヶ月間の血の滲むような、15歳の少年には行き過ぎた努力によって、超能力者という超常的存在をこの社会に受け入れさせたんだ。それを、お前は一瞬で破壊し尽くしてしまった。正真が健全に生きていくにあたって、お前のやろうとしていることは邪魔でしかない。今すぐにやめてもらいたいものだ」


有無を言わさぬ口調で、シンジがそう締め括る。

シンジは、出会った時の正真を思い出す。小屋の中でうずくまっていた正真は、まるで親を無くした小鳥のように、脆く、弱い存在だった。

シンジはただ、彼に食べ物とやるべきことを教えただけだ。ネット上では、シンジが正真に力を与えただとか、正真に指示をしていたのはシンジだという意見があるが、それは全くの間違いだった。シンジは本当に、正真にただ「こうすれば大丈夫」という道を指し示しただけであり、その後の行動計画は全て正真による自発的な行動だった。


そんな正真の成長を見たからこそ___シンジは、正真が認められる社会を望み、共に歩んできた。


「___違うな、君のやりたいことはそこじゃないだろう」


だが、ライトはシンジの瞳に宿る、僅かな揺れを見逃さない。


「___?何を言っている?」

「見れば分かる。?」


ライトの問いかけは、そんなシンジの思い出に、まるで泥を塗るかのようで___


「ふざけるな。これが僕からの要求だ。正真は自分がどんな犠牲を負おうと構わないとする人間だが、このままだといつか必ず破綻する。彼を、超能力者を特別視するのはもうやめるべきだ」

「私が言っているのは、君の斉藤正真への思い入れではないよ。君は、、何を見ている?」

「______」

「斉藤正真との出会い、そして日々は確かに有意義なものなのだろう。だが、君の最終目的はそれではないだろう?」


ライトは優れた観察眼で、シンジが何かを隠していることに気づいた。

それは些細な目の動きや、口調の変化などに現れる。どれも細かく、常人に気づけるものではない。しかし、超能力者としての恩恵か、はたまた元から備わっていたものなのか___ライトは、確かにシンジの心の動きを読み取ることができている。


「ああ、こう言い換えるといいのかな___なぜ君は、斉藤正真に接触しようと思ったんだい?」


この時シンジが感じていたものは、恐らく正真が感じたものとほぼ同一のものであろう。


「君はなぜ、こうして僕に会いにきた?」


相対し、そして対立した時に感じる、存在を知覚することのできないプレッシャー。

威圧感、とは少し異なる、逆らい難い雰囲気が、この時のシンジにも襲いかかっていた。


「ただ単に要求を伝えるだけなら、インターネット上に声明でも発表すればいい。だというのに、君はわざわざ会いにきた。これは___とても非合理的な行動だ」

「何が言いたい」

「君は斉藤正真を救いたかったわけでもなければ、私を牽制して斉藤正真を守りたいわけでもない。君の目的はまた別にある」


いつものように、腕を広げて話すライトはこれまでのような柔和な笑みを浮かべていない。その笑顔はまるで、宝物を発見した子供のように、発見の喜びに包まれているように、周囲の人間には見えた。


「君はただ、。斉藤正真と僕という、超能力者という不思議な存在に会って、その存在を確かめたかっただけなんじゃないか?発想推論的な考え方だが、あながち間違いではあるまい。そうでしか、君の非合理的な行動には説明がつかない」


ライトは砂山に隠れた宝箱を掘り当てた子供のような笑顔を浮かべる。

その一方で、シンジはただ、呆然としていた。


(確かめたかっただけだと?そんなはずが___)


シンジは再び思い出す。

震える小鳥のような様子だった正真。

己の意思で動き、人を助けた正真。

そして___己の意思で、自分との別れを決意した正真。

超能力者という存在に惹かれたのは事実だ。だが、シンジは何にでも興味を持ちたがる少年ではない。単に不思議なものが好きなだけの、非力な大学生の一人だ。だからこそ、細々と「超常現象研究会」なんてものを開いて、二人の後輩を得ても尚、細々とした活動をやめられない。


ではなぜ自分は、あの時正真に会いに行ったのか?

なぜ、最後まで正真に付き合ったのか?

なぜこうして、自分が正真の代わりに、危険極まりない相手に会いに来ているのか?


普段は冷徹に素早い思考を行うシンジの脳は、この瞬間だけ止まってしまっていた。


「僕は___」

「有意義な回答は得られそうもない。続きはまた会った時の楽しみにしよう」


ライトはもうシンジに興味はないとばかりに、背を向けて去っていく。信奉者たちもそれに続き、ライトと共にその場所を後にした。

どこへ行くか、シンジの冴えた頭脳は簡単に導き出すことができる。追うことも簡単だっただろう。だが、ライトからの問いかけが、シンジをその場から動かすことなく、彼らが去った後もしばらくその場所に縫い付けられることとなった。


「______」

「……あの、先輩?固まっちゃってますけど、大丈夫です?」

「…あぁ、皆川。大丈夫」


シンジは呆けているわけではない。今がどんな状況で、そしてここで何があったかも鮮明に覚えている。

だが、たった一つの考えだけが、シンジを脅かしていた。


「ちょ、先輩?」

突然ストンと膝が落ち、地面に座り込んでしまうシンジ。

心配した皆川が肩に手をかけようとするが、その前に目にしたシンジの顔が、あまりにも近寄りがたく、手をかけることが躊躇われる。

シンジは、皆川が見たことのないくらい、驚きを浮かべた表情をしていた。それはまるで___宝者の中身が、ただのガラクタであった時の、落胆した子供のようであった。


(僕は___一体なぜ、正真に興味を抱いたんだ?)


シンジの人生の中で、初めて答えを導くことのできない問いが生まれた。




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ギガクラッシュ - Light to the sunrise - 八山スイモン @x123kun

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