第16話 氾濫



___後に『超常黎明事変』と呼ばれる一連の事件。


その事件は今、新たに現れた超能力者ライトが引き起こした数々の行動により、佳境を迎えていた。





___________





「___彼の言う『解放』っていうのは、結局の所なんなんでしょうか?」

「様々な考察がなされていますがね、やはりどこまで言っても憶測でしかないわけですよ。ちゃんとまとまった思想があるわけでもなく、誰かに訴えかけるためだけに作られた考えなわけですから」

「ええ。あの考え方は、ひどく極端です。一見するとアナーキズムのようですが、それではなぜ警察組織を狙い撃ちにしたかに説明がつきません」

「警察への狙い撃ちにはどんな目的が?」

「何らかのメッセージではないでしょうか。治安を守る存在を攻撃することで、例の『解放』という思想を取り締まるのを牽制している、なんて可能性もありますが___」



「ふむ、この番組が一番いい線いってるな」


討論番組を眺めた後、すぐに電源を打ち切り___境シンジはため息を吐きながらコーヒーを口にする。

世界中を震撼させた超能力者ライトによる、警察庁襲撃事件。それから1週間経った今でも、そのニュースはあらゆる場面で人々の心を掻き立てている。

どれだけショッキングで、かつ大々的なスクープであっても、それが1週間以上にも渡って取り上げられることは稀だ。おまけにそれが全世界的な動きともなれば、ライトの起こした出来事がいかに凄まじいかが分かる。


超能力者。

ある日突然現れ、人間社会に巨大な革命を起こそうとしている存在。

この一連の出来事がどんな運命をもたらすのか___それは未だ、可能性でしか語れない話である。


シンジは牛乳をたっぷり含んだコーヒーを飲み終えると、リュックサックを背負い、部屋を後にした。


「おい皆川、一緒に行くぞ」

「あー、はい。______って、え?」


シンジの横で大学の課題をひたすら解いていた皆川は、唐突に声をかけられたことにも驚いたが、それ以上にシンジの口にした内容に驚いた。


「ええええっっっ!!!今まで一度も連れていってくれなかったのに!いつもいつもついていこうとしたらキレられてたのに!ななな、なんで今回はOKなんですぅ?!」

「うるさいな、早く支度してくれ。一緒に行きたくないのか?」

「ああ、いや、行きます。行きますとも、行きますよー。楽しく楽しく、行っちゃいましょうー、あはは……」


大慌てで荷物を片付け、リュックを背負う皆川。シンジはそのまま部屋を出ていき、皆川は重い荷物も気にせずステップしながら、ある場所へと向かっていった。





___________





「あのね、私の忠告ちゃんと聞きましたか?国家が投入しうる最大規模の戦力で、って言ったんですよ?必要なら爆撃機でもイージス艦でも用意できたでしょうに。それを、機動隊に申し訳程度に銃持たせて、申し訳程度のミサイルランチャーでその気になってるって……。申し訳ないのですが、バカですか?」


ヒリヒリする空気の中、青筋を立てた山下がパソコンに向かって苛立ちを隠さない口調で話しかける。話しかけている相手は警察庁襲撃の阻止のために作戦を担った機動隊の司令部である。

彼らの多くはベテランであり、優れた観察眼を有している。しかし、超能力者という前代未聞の相手を前に、彼らが培った経験はあまりにも無力であった。


「ぐっ、我々は何度もライトの戦力を分析し、その上で警戒して臨んだのだ!失敗したのは、超能力者という存在を侮ってしまったこと。それは、お前が提供するべきデータの不足が原因なのではないか、山下!」

「あのねぇ、斉藤正真くんに戦闘訓練でもさせろと言ってるんですか?超能力者が戦った場合のデータなんて取れるわけないでしょ。そもそも、第二の能力者が出てきてからそのデータを判明させるのは物理的に不可能です。データが不足していても対応できるように明確な指示を送ったのに、それに対して鷹を括ったのは皆さんの方でしょう?」


山下の弁論はかなり立つ方である。こうして超能力者対応会議の運営を一括で任されているのも、その敏腕故である。山下は他社では思いも寄らない想定外に考えを巡らせることができるからこそ優秀なのである。


「まぁ、責任の押し付け合いをしている場合ではありませんね。防衛省との話は進んでいるのですか?」

「無論だ。首相官邸から事件の様子を見ていた総理も、非常事態宣言の発令を決めた。既に全国の精鋭が東京に集まりつつある」

「それは上々。一部地域では避難勧告も出ていますし、今回こそは私の言った通りの対応になることを期待しましょう」


そう言って、山下は通話ボタンをオフにする。

超能力者対応会議の職務の内容は、まだ正確には決まっていない。現段階では、超能力者として認定を受けた斉藤正真の保護と、その支援を職務としているが、ライトという存在の登場により、また新たな役割が出てきていた。

それは、ライトを迎え撃つために必要なデータの提供、並びに情報収集である。ライトがどんな力を使い、そしてどのような思想を有しているのかなどを調べ上げ、その行動パターンを分析し、対応のための作戦立案に活かすことが、現時点での最大の仕事だ。だが、それと同時に斉藤正真の保護も同時並行で行わなければならない。人員の補充も必要となり、目が回るような日々の幕開けに嫌気がさしていた山下だったが___


「シンジに会いにいきます。シンジなら___絶対に何かを見つけられる」


唐突に正真がそう言い、外に出ていこうとしていた。


「正真君、ちょっと待ってくれ。シンジというのは、境シンジのことか?なぜこの状況下で彼がいなければならない?」

「シンジは天才です。俺はただ彷徨っていただけなのに、シンジは推理だけで場所を突き止めてみせた。シンジなら、もしかしたらライトの居場所を突き止められるかもしれません」

「______」

「僕には自由な行動が許されているはずです。目立つ真似はしませんから、会いに行かせてください」


正真の行動原理はとても若く、山下にはとても短慮に見えた。だが、正真が自分なりに現状を打破する術を探ろうとしてくれていることも分かっていたため、止めることもできずにいた。


(やれやれ、本当に君は___)


山下にとって、その出来事は喜ばしいことですらあった。


「好きに行きたまえ。君が照らす道は、きっと何よりも輝いているはずだ」





___________





「境シンジなら、あるいは」


奇しくも、全く別の場所で、同じ結論に辿り着く者がもう一人いた。

明石正道。

1日にも満たない時間であったが、シンジの底知れなさは身に染みて感じている。彼の「推理だけで正真の場所を当ててみせた」という話は、最初の方ができすぎた話だと考えていた。

しかし、彼の思考体系が優れたスパイのそれと全く同じであり、ものの見事に当てたというのは、信憑性のある話だ。何より、斉藤正真という超能力者からあそこまでの信頼を得ている彼なら、もしかすれば___

ライトと、対話の場を設けることも可能かもしれない。

明石は刑事として、そして己が信じた正義のため、早速動くことを決めた。


「宮下、車を出す。ついてきてくれ」

「私も?いいけど、どうして?」

「こういう時に、お前は役に立つだろ」


明石と宮下は、共に仕事に取り組んだ日数がそれなりにある。お互いの長所も短所も、自分ごとのように把握している。


「___分かった」


二人は車を出し、仮の仕事場であるビルを後にした。





___________





ライトを追う者たち。

そしてそれを取り巻く、たくさんの人の声。


ライトによる警察庁襲撃事件の後、世界中で大きな変革が起きた。


まず、各国の警察組織は自分たちにもライトの矛先が向くのではないかと恐れ、治安維持の能力の強化を余儀なくされることとなる。

警察組織は、国家にとって重要な維持装置でもある。それを狙い撃ちにするライトの所業は、多くの政治家にとって悪夢のような所業である。


また、ライトの様子を見た一部の集団がパニックのような状態となり、魔女狩りにも似た超能力者探しが行われることとなった。少しでも変な噂の立っていた人物に対するストーカー行為や住宅侵入、そして度を過ぎた誹謗中傷などが行われた。その多くはヒステリックだとして処理されたが、一部では既に怪我人などの被害者が出つつあった。


さらには終末論を唱え不安を煽る者、自らを超能力者と詐称しフェイクニュースの拡散を行う者、ライトと国家の繋がりを示唆し陰謀論を掲げる者、警察がいなくなったと誤解して犯罪に手を染める者など、様々な者が現れた。


そして最も大きな変化として___ライトの掲げた「解放」の思想に賛同する者が多数現れた。それは、鬱憤うっぷんを溜めていた数多くの人々だけでなく、貧困による苦しみを味わっていた者、あるいはいじめや差別に遭い苦しい思いをしてきた者などの社会的弱者にも共感され、さらには一部の知識人や高所得者にも支持される思想となる。

彼らは「解放主義者」と呼ばれ、その運動は巨大なうねりとなって、この社会を変えていこうとしていた。





___________





スマホでニュースを確認していたライトは、薄く笑いながら自らを取り上げる数々の知らせに目を通していた。


「万事上手くとはいかないが、予定通りにはできてるね。良かったよ」


ライトがここ1週間と少しで行った、数々の所業。

それが世界に与えた影響は、ライトの予想すら超えて波及している。

それに一役買っていたのは、ライトの饒舌じょうぜつな言葉もさることながら、公表された動画を実際に作成した人物である。

それがライトのすぐ側でパソコンを触り続ける男___ハン・ソルである。


「あなたがそんな普通の感想を漏らすとはね。もっと難しい言葉でも使うのかと思いましたよ」

「率直な感想を述べたまでだ。私はそこまで達観した人間じゃない。己の努力が成功することに喜びを感じるのは、全能でない者の特権だよ」

「私はあなたの、普通でいながらちゃんとイカれてるその姿勢、本当に好きですよ」


ハン・ソルは韓国人家庭の家に生まれ、移民二世として日本で生きてきた。

日本語と韓国語を堪能に操り、また英語と中国語をも使いこなす言語能力、さらには類稀なるクリエイターとしての才能を有し、大手の電子機器メーカーに就職した。職場では類稀なる才能を発揮し、みるみる成果を上げ、急速に出世していった。

キャリアを切り開いていくことには多才であった彼は、自らの才能を効率よく使いこなすことに長けていたが、周囲とのコミュニケーションを怠ってしまう。その結果、出世して部下を持つようになってからは成果が出なくなってしまい、最後は部下から罵倒され、上司には蔑みの目で見られ、仕事を辞めさせられる形となった。

幼い頃に国籍と名前故にいじめられた過去があった彼は、己の才能こそが過去を乗り越える礎だと考えていた。しかし、それすらも否定されたとき、彼は何をすればいいのか分からなくなった。

そんな時に出会った男こそがライトだったのだ。


「動画の方は?」

「順調です。字幕版も含めれば、再生回数は既に1億越え。運営側は削除を行い続けていますが、自動アップロードがそれを上回る速度だ。世間に与えた影響を考えれば、もう動画の役割は終わっていますよ」

「ふむ、では早く次の手を打った方がいい。1週間も経てば、飽きてくる人間が出てくる」

「ええ、もう手は打ってます。あとの指示は任せます」

「ありがとう。いつも助かるよ」


ライトとハン・ソルのいる場所には、たくさんのコンテナが並んだ場所である。閉じられたその空間には、二人以外にも、大勢の人間が立っていた。

彼らの多くは、真っ直ぐにライトを見ている。その目は真剣であり、そして時折___崇拝の眼差しが込められていた。


ライトはそんな彼らの目の向く先にあるコンテナの上に移動すると、よく通る声で演説を始めた。


「諸君、こうして私の呼びかけに応じて集まってくれたこと、本当に感謝するよ。私は世間で言われている通りの、超能力者ライトだ。"ライト”というのは通称だが、みんなもそのまま”ライト”と呼んでくれると助かる。”様”も”さん”もつけなくて結構だ」


その空間には、合計で30名ほどの人が集まっている。年齢も性別もバラバラであり、統一性はない。しかし、全員に共通しているのは、一言も発さずにライトの言葉を真剣に聞いているということである。

ハン・ソルが集めたという、それぞれが何かしらの分野で一流のスキルを持つと認められた者たち。全員がライトの思想に共感し、それに付き従う者たちである。


「さて、君たちにお願いしたいことはハン・ソルから概ね聞いていると思うが、ここは改めて私からお願いをさせて欲しい。私は常識外の力を持った超能力者だが、生憎と神ではない。それどころか、奇跡を起こすことのできる聖者ですらない。私とて、運よく力を得ただけの、非力な人間の一人だ」


既に世界中で話題となっている、警察庁襲撃事件。国家を巻き込む大惨事を引き起こしてなお、己を矮小な存在だとするその姿勢は、好ましい印象を彼らに与えた。


「だが、事を成し遂げる手段を得ることができた。こうしてやりたいことを実行し、ほんの少しでも世界に影響を与えることができた。ここ1週間の体験は、努力を積み重ねることさえできれば、世界を変えることができるという、明確な気づきを与えてくれたんだ」


ライトは無自覚のうちに手を大きく広げ、そして力強く拳を握る。

その仕草はまるで役者のように洗練されているように見える。舞を披露するかのごとき優雅な仕草で、ライトは話を続ける。


「だからこそ、次はもっと上手くやりたい。こんなもので満足せず、とことん我儘わがままを貫きたいと考えている。そのためには、私一人の力ではなく、君たちの力が必要だ。これは価値のある行動だが、それと同時にただの私の我儘でもある。それでも共についてきてくれる者は___どうか、最後まで力を貸して欲しい。理想の社会の実現のため、共に歩んで欲しい」


ライトの声を聞く者たちは、今にも歓声をあげたそうにしている。だが、それ以上にライトの言葉の価値の重さを痛感している。だからこそ、これほど静かなまでの統制が実現されていた。


(改めて見てみたが、こりゃ本物だ。この人の存在は___間違いなく、世界を変える___!)


すぐ横でその様子を眺めていたハン・ソルは、確信と共に歓喜に包まれる。


「今こそ、真なる解放を!我らの力で、世界を変えるぞ!」


ライトが拳を振り上げ、ガッツポーズをする。

それに呼応するかのように、その空間には熱狂的な歓声があがった。

誰もが確信し、誰もが共感していた。

この男こそが。目の前に立つ男こそが___自分たちが長きにわたって待ち望んだ存在なのだと。ライトこそが、真なる救世主メシアなのだと。



ギィィ



歓喜に包まれた空間に、突如金属質な音が鳴る。

すぐに音に気づいた者たちは声をひそめ、音のした方向へと向いた。

ライトもその音に気付き、興味深そうに音のした方向を眺める。

音は、金属の扉を開けたことによって生じた音であった。扉からは光が差し込み、それと同時に二人の人影が見える。


「誰だ!」


集まった人間の一人が、人影に怒声を飛ばす。

この空間には、ハン・ソルの手引きで集まった人間だけが集まっている。ここにいるメンバーが全員であり、他のメンバーというものは存在しない。

だからといって、この場所は部外者に簡単に知れるような場所でもない。例え警察であっても突き止めることのできない場所を、ハン・ソルは選んでいる。

そんな場所にやってくる可能性があるとすれば、それは偶然の事故で入ってしまった者か、もしくは______


その場所を、ピンポイントで当ててしまった者。


人影がライトに向かって歩いてくる。

シルエットがはっきりし、その風貌が晒された。

一人は男だ。長い前髪と、明らかに量のおかしい巨大なリュックを背負っている。

もう一人は女だ。大学生らしい茶髪のボブカットに、あまり似合わない、まるで登山を想定したかのような服装。


「はは、君か。名前と顔は知っているが___まさか、ここを当てるとはね」


ライトは楽しそうに人影に話しかける。

他のメンバーは怒号を発そうとしていたが、ライトの言葉を遮るのは良くないと思い、口を閉じていた。


「……あんたが、ライトだな」


男は、敬意も畏敬もない声でライトに呼びかける。


「そうだ。そして君が___境シンジだな」



そうして男___シンジは、ライトと相対する。









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