第15話 崩壊


「正真くん……」


明石は、久しぶりに目の前に現れた正真を見て、今の状態が異常であることに気づいた。

宣戦布告をしてきた超能力者ライトの迎撃作戦。その中に、斉藤正真は組み込まれていない。おまけに、このような危険な事態に、山下が正真をここに送ることも考えづらい。


正真は___誰からの命令も受けず、自分だけの意思でここに来ていた。


「…………」


正真は埃を払うと、ゆっくりとライトに近づく。


「ふむ、どうやら私のこの行動は気に召さなかったようだ」


ライトは余裕の態度を崩さず、正真に視線を向ける。

正真はそんなライトを一瞥すると、近くに立っていた負傷者に手をかざした。

途端に負傷者の折れた腕と出血した頭の傷が治る。負傷者は慌てて正真に感謝を述べると、どこかへ去っていった。

正真も治癒の力を使えることに驚く明石だが、それ以上に今がいかにまずい状況か理解もしていた。


(冗談じゃない。彼の性格を考えるなら荒事は起きないはずだが___もしここが二人の戦場になったら___)


明石の脳裏に、ライトが放った衝撃波以上の爆発が生じるイメージが浮かぶ。


(___なんとしても、この事態を収めなければ。どれだけの兵器があっても、今は無意味だろう)


明石は、自分に役割を理解した。


「ライト、って呼んでいいか」


口を開けた正真の雰囲気は、明石ですら別人かと思うほどに落ち着いたものとなっていた。それが逆に、この3週間が正真にもたらした変化を物語っているようで、明石にとっては、好ましくない変化だった。


「いいとも。私は君のことを"ショーマ”と呼ばせてもらおう。お互い愛称の方が、仲良くできそうだ」

「ライト、あんたはなんでこんなことをしたんだ?」


正真はライトが話をする前に、質問でそれを潰した。


「いいね、その真っ直ぐな姿勢は好ましいものだ」


ライトは楽しげに、正真の問いかけに応じる。


「単純なことさ。私は、巨大な力を得た。そして、どうしても叶えたい願いが、何を捨ててでも達成したい志がある。だからその達成のために、私は私が持ちうる全能力でもって、この世界に挑む」

「それがなぜ、こういうやり方なんだ。お前は自分の意思で、人を傷つけ、物を壊し、たくさんの人に恐怖を与えている」

「はは、そこを突くか。

「……!貴様……!」


正真よりも先に、明石がライトの言葉に反応する。

掴み掛かろうとする明石だが、その行動はライトが貼った薄い光の膜によって防がれてしまう。


「事実だ。確かに私は君とは違い、自らの意思で他者を傷つけた。破壊を行なったし、様々な形で人々に恐怖を与えていることだろう」

「……それが分かっているのに、なぜこんなことをする。まさかこれが楽しいとでも言うのか?」


正真はライトに言われたことを気にせず、会話を続けた。

明石にはそれが信じられない。正真は確かに強い人間だった。だが、望まない殺戮をさせられたことの苦しみは、想像すらできないほどに苦しいはずだ。それを乗り越えているのであれば、一体正真に何があったというのか。


「楽しい、か。確かに、まるでスーパーヒーローのように力を使うのは楽しくもある。いや、私の場合はスーパーヴィランかもしれんが___」

「答えろ」


正真の周りに赤い光が立ち込め始める。

有無を言わさぬ威圧感でもって、正真はライトに問いかけに答えることを強要した。


「……君は、私が悪意をもって人を傷つけていると考えているのだろう?」

「違うのか」

「いや、"悪意”という言葉の定義によるが、その通りだ。私は確かに、悪意でもって人を傷つけている」

「______」


正真の周りに立ち込めていた赤い光が、さらに明るさを増した。

その明るさは、まるで燃え盛る炎を連想させた。それに応じ、正真の目つきが、段々と鋭くなっていく。それはただの15歳の少年の怒りという次元ではない。超能力者という、正真正銘のだけが放つものだ。


「悪意であれば、それは必然的に討伐されるべきものだ。だからこそ、こうして武力でもって私を排除しようとすることは、国家として正しい反応だよ」


正真に呼応するかのように、今度はライトの青い光が輝きを増していく。青い光と赤い光は混じり合うことなく、ぶつかりあっている。


「斉藤正真。君は『正義』の歴史を知っているか?」

「……何?」


唐突に始まった、ライトからの問いかけ。


「『正義』という概念がいかにして生まれ___そして、どんな歴史を辿ったのかについてだ。君だって歴史の勉強くらいはしているんだろう」


正真は、ただ黙って話を聞く。

ライトの問いかけに答えないのは、それはそれで歯痒い思いだが___それ以上に、ライトの話の続きを聞かねばならないという考えを持っていた。


「古くは神話や哲学の中で語られていたが、それ以来、正義には一定の役割が与えられるようになった。それは、勝利することだ」

「……勝利?」


いつしか、ライトと正真、そして明石とその周りにいた多数の機動隊の隊員たちは、ただ立ち尽くして二人の超能力者のやりとりに熱心に聞き入っていた。


「"正義とは勝利する存在でなければならない"。これは正義を語るありとあらゆる書物の絶対のルールだよ。正義とは人が命を賭してでも守り、そして勝たせなければならない存在だと」


ここにいる者たちは知るよしもなかったが、二人の超能力者が語り合うその様子は、報道陣を通して、全世界に報道されている。

この二人の接触が何をもたらすのか、ありとあらゆる人間が考えを巡らせ、そして息を呑みながらその様子を見守っていた。


「そうして、正義は何千年も生かされてきた。ある時は戦争に打ち勝った国家が、ある時は暴君を打ち倒した民衆が、ある時はテロリストを抹殺した軍隊が守り続けながらね」


ライトは動画で見せたような様子で、高らかに謳うかのように話を続ける。

明石は、その卓越したスピーチ力に舌を巻いていた。


(目の前で見ると分かる。これはだ。こいつは、だ)


カリスマ。

世間一般では消費され尽くした言葉であり、現代では「何か特定の能力に秀でた人物」としか使われていない。しかし、明石はこの時、目の前にいる存在がスピーチ能力に長けただけの存在だとは思えなかった。

それはもはや、催眠術の類とすら言える代物である。ライトの話には不明な点が多くあり、理解には時間がかかる。だが、なぜか聞き入ってしまうという事象は、それがカリスマという一種の才能であると決めなければ説明がつかない。


「正義とは、一般的に人を守り、調和を保つものであるとされている。___だが、


その言葉を言い切った瞬間、ライトから発せられる青い光がさらに輝きを増す。その光は正真が放っていた赤い光を塗りつぶしてしまうほどに鮮やかであり、そして苛烈だった。


「人を守り、調和を保つことこそが正義の存在意義なのであれば___もしそれを達成できなくなれば、正義に存在価値などないのではないのか?」

「何が…言いたい」


輝きを増すライトの青い光に気圧されるかのように、正真は半歩足を引く。正真は確かにライトに対して怒っていた。自らが犯してしまった過ちを、この男が目の前で繰り返そうとしていたのだから。

だが、この輝きを見て___正真は、ライトが己とは異なる形での超能力者なのだということを否応なく実感させられていた。


「簡単なことさ」


ライトはそんな正真を追い詰めるが如く、逆に一歩踏み出す。


「既に経年劣化した部品を、取り外そうというだけのことだ」


ライトの青い光は、さらに増大し、周囲にいた明石は機動隊の隊員たちに圧力をかけ始めていた。


「正義はもう、人を守り、調和を保つものではない。だが、正義を今でも守る存在がいる」


ライトの放つ青い光は、遠くからその様子をカメラ越しに眺める者たちの目にも映り、そしてモニターを通してその光景を眺める全ての人間の目にも映っていた。

斉藤正真のそれとは異なる、別種の『超能力』。

それがどんなものなのか、そしてどれほど恐ろしいものなのか、多くの人間が理解始めていた。


「それは多くの人々にとってのなんとなくの考えであり、そしてそれを守り続ける___国家、そしてそこに属する警察という組織だ」


ライトはその瞳に、眩い青い光を宿らせている。

その青さは、空の青さとも、宝石の青さとも違う。

それは、家庭のガスコンロで見ることができるような、超高温の炎の青さ。

その青さの裏には、燃え盛るかの如き、炎があった。


「だがそれらは強固な武力で守られている。これまで幾度となく無法者たちが挑戦し続けてきたが、失敗した。理由は単純で、弱いからだ」


ライトはまたさらに一歩、二歩と踏み出し、正真に近づく。正真はなんとかライトから距離を保とうとするが、なぜか離れられない。


「だから、力ある者がやらねばならない。この青い力は、そのために使う」


二人の距離は近づき、背の高いライトが正真を見下ろす構図となった。

正真からは、既に怒りの炎が消えている。在るのはただ、理解のできないものを前にした感情のみ。そして、ライトの双眸そうぼうには青い炎がある。


「……だから、警察庁を襲撃するのか。これだけやっても、まだ飽き足らずに……!」

「いいや?これで終わりなどではない。これは始まりだ」


そしてライトが発する青い光が___燃え盛る炎の如く、猛々しく膨れ上がった。

膨れ上がった光は突風を巻き起こし、周囲にいた明石を含めた一般人を吹き飛ばす。正真も思わず腕で防御の構えを取る。

そして、ライトが手をかざす。何かするつもりなのは確かだと感じ、すぐさま正真は阻止しようと試みる。


だが、遅かった。

それは一瞬の出来事である。

そして、起きてから長くの間、人々から焼きついて忘れられない出来事となった。


「なっ…………」


正真と明石が、目の前で目にしたのは___


青い光が、亀裂のように警察庁の建物に走ったかと思うと___


亀裂が生まれ___


轟音を建てて、巨大な建物が崩れ落ちる瞬間だった。





___________





轟音と土煙。


あたり一面を覆う、明確な破壊の痕跡。

その中で、ライトは謳う。


「さぁ、壊れたぞ。後にはもう、引き返せない」


ライトの周りには、驚愕に固まる明石と、怒りと怯えの両方を持った正真がいる。


「君たちの正義は今、私が壊した。君たちが守るべき正義は、もうない」


明石は、唇を血が出るほどにきつく噛み締め、正真は悔しさ故に拳を限界まで握りしめる。正真からは断続的に赤い光が発せられ続けるが、それはライトの青い光には到底及ばない。


「明石正道。もし君が己の信念を貫きたいのなら、何を守るべきかよく考えることだ。

「……なんだと?」


ライトは不敵に笑い、意味を含んだ言葉を明石に投げかける。


「そして___斉藤正真。君はこれからも、正義を守るために動き続けるのか?」

「……当たり前だ。それが俺にできる___」

「償いとでも言うのか?では、私の前に立ちはだかろうとしたのは何故だ?それは罪の意識ではあるまい。それは、明確な君の意思だろう?」

「…………」

「覚悟しておきたまえ。もし君が、を貫くつもりならば___いつか必ず、私を打破しなければならない」


ライトは有無を言わさぬ威圧でもって、正真にそう伝える。


「だが、今の君では私には勝てない。まやかしの正義を信じる君程度に、私は止められない」


正真はあざけりとも取れるその言葉を前に___何もできなかった。

立ちすくんでいたわけではない。力が使えなかったわけでもない。だが、決してこの場でライトに挑んではならないことを、体が訴えかけていた。

ライトはそんな正真の様子を見抜いたかのように、宙に浮き二人から離れていく。

明石と正真は、ライトの背中をただ眺めるしかできなかった。


少し離れた内閣官邸では、国家を引きいる閣僚たちが、この世の終わりを告げられたかの如く、深刻な空気に包まれていた。

警察庁の建物が崩れ落ちるその絶望的な光景を前に、感情を殺して働く者たちも、今日だけは茫然自失とすることを責められなかった。



ビルにある司令室では悲嘆の空気が漂う。ある刑事は、声に出ない涙を流し、ある政府官僚は今起きたことを信じたくないとばかりに自分の頬を叩いた。

宮下はそんな部屋の中で一人、先走ってしまった同僚のことを心配していた。


山下が部屋から離れ、移動を開始していた。


「まったく、これは想定以上の荒事になりそうだ。思っていたよりもやるな、ライトめ」


テレビでの生放送を見ていた竹田と皆川は、口を開けたまま映像に映る衝撃的な出来事を前に、額に汗を流していた。


「……日本、終わったな」

「これは……やばいでしょ」


そして___そのすぐ横で、険しい目でテレビを眺める青年___シンジは、一つの確信と共に、椅子を立つ。


世界中のありとあらゆる場所で、衝撃と恐怖が生まれていた。

ある者は頭を抱え、これから先の社会の動きに目を光らせていた。

ある者は食い入るように映像を何度も見返し、己の正気を疑った。

ある者は声をSNSに書き込み、恐怖と不安を煽り立てた。

ある者は漠然とした未来を予想し、微かな不安を胸にした。

ありとあらゆる感情が世界中を行き交い、そしてそれが様々な異変をもたらす。



完膚なきまでに敗北した国家の武力。

崩壊した警察庁。

それがどんな結果をもたらすのか___それが分かるのは、ついこの後のことであった。





___________





警察庁の建物が破壊され、ライトが現場を去ってから1時間後。

とある動画が、SNSにアップロードされた。

動画は不適切としてすぐに削除されるはずだったが、事前に仕込まれたとしか思えないほどの用意周到さで、一斉に何百件もの動画がアップロードされ、削除が間に合わない結果となった。

内容の注目度も際立っていたため、動画は一瞬にして無数の拡散をされることとなる。



『やぁ、私の名はライト。先ほど、日本の機動隊を打ちまかし、警察庁を破壊した超能力者だ。この光景は、既に全世界に知れ渡っていることだろう。

既に前の動画でも言っているが、私は解放を目指すものだ。ありとあらゆる抑圧から、私は人々を解放したい。

私は強い力を持った。世間では斉藤正真と比べられることもあったが___先日会った時に分かったが、私は彼よりも強いようだ。安心したよ。

だが、これだけ強い力を持っても、できないことがある。それは、人々の心の解放だ。どれだけ強い力をひけらかしたところで、この世の抑圧という、曖昧なものを打破できるわけではない。

これを打破するには___少しでも多くの同志が必要だ。


社会では、私を英雄視する意見があると聞いた。

これは喜ばしいことだが、ついでに私は伝えなければならないだろう。

私は決して、英雄などではない。私という存在を、解放の象徴と仕立て上げるのは間違った解放のやり方だ。

解放を起こすのは、私ではない。他ならぬ___君だ。この動画を見てくれている、君こそが解放を起こすことができる存在なんだ。一人一人が己の心に解放を誓い、そして他の同志と手を結ぶことで、初めて社会に解放が訪れる。


だからこそ、少しでも多くの同志が手を握れるようにしたい。己が解放を、誰かに邪魔されてはいけないからね。

だからこそ、私はありとあらゆる解放をこの世から駆逐するべく、一つ大きなイベントを開催することにしたよ。これはきっと、歴史に名を残す大きなイベントになる。


5月1日。


私は東京の日比谷公園に現れる。

だからどうか、この動画を見てくれている、解放を目指す同志よ。

歴史的な瞬間を目にするため___5月1日に、日比谷公園に集まって欲しい。



そこで___新たな時代の狼煙をあげようじゃないか』

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